アグレッシブNK細胞白血病に対するトランスフェリン受容体阻害抗体の抗腫瘍活性の強さは、アミノ酸輸送体LAT1を介した腫瘍細胞のアミノ酸取り込み量によって規定される (幸谷研がLeukemiaに発表)

感染腫瘍制御分野 幸谷愛教授、栁谷稜特任助教らの研究グループは、患者由来異種移植マウスモデルを利用した解析により、トランスフェリン受容体阻害抗体PPMX-T003の持つアグレッシブNK細胞白血病に対する抗腫瘍活性の強さが、腫瘍細胞がアミノ酸輸送体LAT1を介して細胞外から取り込むアミノ酸の量によって規定されることを示し、LAT1の治療効果予測因子 (サロゲートマーカー) としての可能性を示しました。

 

【研究成果のポイント】

アグレッシブNK細胞白血病 (Aggressive Natural Killer cell Leukemia; 以下ANKL) は稀なEpstein-Barrウイルス関連造血器悪性腫瘍であり、生存期間の中央値は2ヶ月未満と極めて予後不良である。複数の後方視的解析より、L-asparaginaseを含む抗癌化学療法を実施して腫瘍を十分に減量した状態で、速やかに同種造血細胞移植 (*1) を実施することが長期生存に有効であることが示唆されているが、診断時多くの症例で全身状態が極めて悪いことから毒性の強い抗癌化学療法は減量しての実施を余儀なくされ、結果として十分な強さの治療を行えないことが不良な生命予後の一因となっている。従って、ANKLに対して有効で安全性の高い分子標的療法 (*2) の開発が嘱望されている。

我々はこれまでに複数のANKL患者から腫瘍細胞を提供いただき、それらを免疫不全マウスへ移植して患者由来異種移植マウスモデル (PDX) を樹立することで、生体内での腫瘍細胞の増殖や、腫瘍微小環境との関係性 (相互作用) を解析してきた。その中で、ANKLは主として肝臓内の「類洞」と呼ばれる特殊な毛細血管内にて、肝臓から分泌されるトランスフェリン (Tf) という鉄輸送蛋白の供給に依存して増殖することを見出し、また腫瘍細胞がTfを取り込むために発現しているトランスフェリン受容体1 (TfR1) の機能を特異的に阻害する抗体であるPPMX-T003が肝臓内に局在する腫瘍細胞に対して極めて高い抗腫瘍活性を呈し、PDXの生存期間を顕著に延伸することを報告した (Kameda, Yanagiya, Miyatake et al. Blood. 2023)。しかし肝臓以外、特に脾臓に局在する腫瘍細胞に対するPPMX-T003の抗腫瘍活性は乏しく、PPMX-T003のANKLに対する抗腫瘍活性の強さは腫瘍細胞が局在する環境 (腫瘍微小環境) に依存していることが示唆されたため、本研究ではPPMX-T003の抗腫瘍活性を規定する腫瘍-微小環境相互作用を同定することを目的として行った (図1)。

PPMX-T003による治療前後のPDXから腫瘍細胞を回収し、シングルセルRNAシークエンス法 (*3) によってPPMX-T003投与で生細胞数が著明に減少しているクラスター (=治療感受性クラスター) を解析したところ、当該クラスターでは大型中性アミノ酸輸送体として知られるLAT1の発現が特異的に亢進しており、LAT1を介した微小環境からのアミノ酸流入がmTORC1シグナル (*4) を活性化さすることによって高い増殖活性を示すことが判明した (図2)。そこでLAT1の機能を特異的に阻害する薬剤 (JPH-203) で処理した腫瘍細胞におけるPPMX-T003の抗腫瘍活性を検証したところ、JPH-203未処理の腫瘍細胞と比較してJPH-203処理腫瘍細胞ではPPMX-T003の抗腫瘍活性が低下することが判明し、PPMX-T003の抗腫瘍活性を規定するのはLAT1を介した細胞外からのアミノ酸流入であることが示された (図3)。肝臓類洞は小腸から吸収されたアミノ酸を含む豊富な栄養素が含まれているため、PPMX-T003の抗腫瘍活性は肝臓内に局在する腫瘍細胞に対してより強くなることが判明した。

本研究によって、PPMX-T003がANKLに対して抗腫瘍活性を呈するためには微小環境中に豊富なアミノ酸が必要であること、およびアミノ酸輸送体LAT1は、PPMX-T003の抗腫瘍活性の強さを規定する分子であり、実臨床においてはPPMX-T003の治療効果予測マーカー (サロゲートマーカー) としてのポテンシャルを有することが明らかとなった。

 

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本研究はネイチャーグループ雑誌「Leukemia」に6月24日(月)に公開されました。

タイトル:”Amino acid influx via LAT1 regulates iron demand and sensitivity to PPMX-T003 of aggressive natural killer cell leukemia”

著者名:Ryo Yanagiya, Yuji Miyatake, Natsumi Watanabe, Takanobu Shimizu, Akane Kanamori, Masaya Ueno, Sachiko Okabe, Joaquim Carreras, Shunya Nakayama, Ami Hasegawa, Kazuaki Kameda, Takeshi Kamakura, So Nakagawa, Takuji Yamauchi, Takahiro Maeda, Keisuke Ishii, Tadashi Matsuura, Hiroshi Handa, Atsushi Hirao, Kenichi Ishizawa, Makoto Onizuka, Tetsuo Mashima, Naoya Nakamura, Kiyoshi Ando, Ai Kotani* (*責任著者)

DOI: 10.1038/s41375-024-02296-6

 

【用語説明】

*1 同種造血細胞移植:一般的には「骨髄移植」として知られる。健康な人から全ての血球の元になる細胞 (造血幹細胞) を採取し、予め大量の抗癌剤や放射線によって腫瘍細胞とともに患者自身の造血幹細胞を死滅させた後に、採取した造血幹細胞を注入して血を作る能力を回復させる治療。抗癌剤や放射線による治療効果に加えて、新たに注入された他人の造血幹細胞が、わずかに残った腫瘍細胞を「異物」と認識して免疫反応によって攻撃する効果が期待でき、多くの血液がんにおいて根治が望める治療法。

*2 分子標的療法:腫瘍細胞だけが持つ (正常細胞にはほとんど認められない) 特定の分子を標的とした治療薬。多くの場合、腫瘍細胞の生存 (細胞死回避) や増殖に寄与する分子を標的とする。正常細胞を標的としないため、副作用のリスクが通常の抗癌剤治療と比較して低いとされている。

*3 シングルセルRNAシークエンス法:検体中の全遺伝子発現レベルを、1細胞レベルで解析することが出来る技術。遺伝子発現パターンの類似性からグループ分け (=クラスタリング) を行い、検体中に含まれる細胞の構成成分や、複数の検体の間での相違点を高い精度で検出することが出来る。

*4 mTORC1シグナル:細胞の栄養代謝を司るシグナル。アミノ酸をはじめとした様々な栄養素の代謝活性を上昇させることで、腫瘍細胞においては細胞増殖を活性化させることで知られている。

 

 

 

 

  • 図1: ルシフェラーゼ遺伝子を導入した2種類の患者由来ANKL細胞 (ANKL1, ANKL3)を免疫不全マウス (NOGマウス) へ接種して樹立した患者由来異種移植マウスモデル (PDX) に対し、抗トランスフェリン受容体阻害抗体であるPPMX-T003を短期パルス的に投与して治療を行った際のin vivoルシフェラーゼアッセイ (IVLA)。発光部分は腫瘍細胞の存在を意味する。治療前 (IVLA1) には腫瘍細胞の大部分が肝臓に存在しているが、治療後 (IVLA2) 肝臓から腫瘍細胞はほぼ駆逐されている。しかしながら治療後も脾臓や骨髄といった肝臓外に腫瘍細胞が残存している。

  • 図2:PPMX-T003による治療前後のPDXから腫瘍細胞を回収しsingle cell RNA-seqを行ったところ、治療前 (pre-treat) と比較して治療後 (post-treat) で生細胞割合が著明に低下する細胞集団 (治療感受性クラスター; Cluster 1) を同定した (上図赤枠)。この細胞集団はアミノ酸輸送体タンパクであるLAT1をコードする遺伝子であるSLC7A5の発現が特異的に亢進しており (下左図)、また栄養代謝や細胞増殖の重要な制御シグナルであるmTORC1シグナルの活性が亢進している特徴を持つ (下右図)。

  • 図3:LAT1阻害剤JPH203存在下でPDXをPPMX-T003で治療した際のin vivoルシフェラーゼアッセイ。コントロール (DMSO) と比較して、LAT1阻害下ではより早期に肝臓で腫瘍細胞が再増殖している (IVLA2) ことから、PPMX-T003の抗腫瘍活性がLAT1の阻害によって減弱したことが示されている。

  • アグレッシブNK細胞白血病に対するトランスフェリン受容体阻害抗体の抗腫瘍活性の強さは、アミノ酸輸送体LAT1を介した腫瘍細胞のアミノ酸取り込み量によって規定される (幸谷研がLeukemiaに発表)