超速老化魚キリフィッシュを利用した可視化解析により、加齢に伴うWntシグナルの異常制御を捕捉(石谷研がNPJ Agingに発表)

生体統御分野 石谷太教授らの研究グループは、超速老化魚キリフィッシュを利用した解析により、加齢に伴うWntシグナル制御破綻が網膜変性などの加齢性疾患や傷の修復力の低下に関わる可能性を示しました。

 

【研究成果のポイント】
健康寿命の延伸は現代社会の喫緊の課題であり、そのためには老化のメカニズムの理解は必須である。しかし、我々ヒトを含む脊椎動物における老化のメカニズムはよくわかっていない。これまで脊椎動物の老化研究はマウスをモデルに進んできたが、マウスは数年の寿命を持つため、老化解析に膨大な時間がかかり、これが老化研究の進展を阻んできた。そこで、この時間の問題を解決するために、我々は、超速成長超速老化小型魚類ターコイズキリフィッシュ(略称キリフィッシュ、1ヶ月以内に性成熟しその後2、3ヶ月かけて老化して死に至る)(※1)を用いて研究を行っている。
Wntシグナル(※2)は、組織幹細胞の維持や組織再生を担う重要なシグナルであり、がんや糖尿病などの加齢性疾患などにも関わることが知られる。今回、キリフィッシュにおいて、Wntシグナルをイメージング解析(※3)し、脊椎動物の一生涯におけるその動態を調べた。その結果、まず、加齢によってWntシグナルが肝臓で異常活性化し、腎尿細管上皮で異常活性低下することがわかった。肝臓でのWntシグナル異常活性化は肝線維症や肝細胞がんの発生・進行に関わることや、腎尿細管上皮の再生にWntシグナルが必須であることが知られており、これらの加齢によるWntシグナル制御破綻は、肝疾患や腎機能の低下につながる可能性がある。また、老齢のキリフィッシュの網膜では、Wntシグナルの異常活性化が検出され、それに関連して加齢黄斑変性(AMD)様の網膜変性が見られた。
また、組織に傷をつけるとWntシグナルが活性化して傷を修復することが知られているが、老齢のキリフィッシュの尾ビレに傷をつけると間違った場所でWntシグナルが活性化し、結果として誤った形に尾ビレが再生されてしまうことを突き止めた。つまり、老化により傷の治りがおかしくなるメカニズムの一端を明らかにできた。
このように、加齢による傷の修復力の低下や臓器の機能低下を説明しうる新たな知見を得ることに成功した。また、キリフィッシュを加齢黄斑変性(AMD)など加齢性疾患の新たなモデルにできる可能性も示された。


本研究成果はネイチャーグループ雑誌「NPJ Aging」に4月29日(月)に公開されました。
タイトル: “Dynamics of Wnt/β-catenin reporter activity throughout whole life in a naturally short-lived vertebrate”
著者名: Shohei Ogamino, Moeko Yamamichi, Ken Sato, Tohru Ishitani* (責任著者)

 

【用語説明】

※1 ターコイズキリフィッシュ
アフリカの乾燥地帯に生息する体長4cm程度の小型の淡水魚で、寿命がわずか数ヶ月しかない超短命魚。この寿命の短さは研究室の飼育環境でも再現され、さらに、この短期間に神経変性や腫瘍形成など、ヒトとも共通する様々な老化形質を示すことから、非常に有用なモデル脊椎動物として近年注目を集めている。石谷研究室は、現在の老化研究のボトルネックを解消し、老化研究を革新し、真に健康寿命延伸を目指す研究を行うためにキリフィッシュを使った研究系を7年かけて立ち上げてきた。

 

※2 Wntシグナル
線虫、昆虫、魚類からヒトを含む哺乳類に至るまで高度に保存された細胞内情報伝達経路であり、幹細胞の誘導・維持、組織再生、がんの発生など多様な機能を担うことが明らかにされている。

 

※3 イメージング解析
生物の体内における細胞動態、細胞内の分子動態を可視化する研究方法。最も多くの情報を得ることができ、生命現象を最も効果的に理解できる方法の一つである。対象とする生物が小さければ分子動態、細胞動態、個体の変化を同時に把握できる。このため、小さい生物に対して極めて有効である。

 

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