細胞老化の誘導を介して大腸がんの発症を促進させ得る腸内細菌を同定(原研がNat Commun誌に発表)

近年,癌を含む様々な疾患に腸内細菌が関与していることがわかってきています.大腸癌は,食物繊維を多く摂取することで発症リスクが低下することが示唆されており,その病態に腸内細菌が関与している可能性がある疾患の一つです.われわれの研究グループでは,大腸癌の発症を促進する作用のある腸内細菌を同定することを目的に,大腸癌患者と健常者の腸内細菌叢の大規模比較解析を行いました.その結果,健常者にはほとんど存在せず,大腸癌患者で異常増殖している12菌種を同定しました.これらはすべて口腔内病原菌と呼ばれる偏性嫌気性菌で,別の集団においても同様の解析結果を得ることができ,大腸癌との強い関連性が示唆されました.(図1)

 

そこでこの12菌種に着目し,これらの中に大腸癌の発症を促進する作用がある菌が存在するかどうかを調べることとしました.まず,発癌ストレスに対する防御機構である細胞老化を誘導するかどうかをスクリーニングする実験を行いました.細胞周期を不可逆的に停止させる細胞老化は,それ自体は癌抑制機構として働きますが,細胞老化を起こした老化細胞が組織中に過度に蓄積することは,逆に発癌を促進することがわかっています.従って,細胞老化を誘導する菌は宿主細胞に発癌ストレスを与える菌であり,またその菌は生体内で老化細胞の蓄積を促進し大腸癌の発症を促進している可能性があると考えられます.それぞれの菌の培養上清をヒト線維芽細胞および腸管上皮細胞に投与したところ,P. asaccharolyticaおよびP. gingivalisの培養上清がこれらの細胞に細胞老化を誘導することがわかりました.さらに,成分分析等により培養上清中に含まれる短鎖脂肪酸,特に酪酸が細胞老化誘導の主な原因物質であることがわかりました.(図2)

 

次にヒトの大腸癌組織を解析したところ,2つの菌は大腸癌組織に付着・浸潤し,その周囲に細胞老化マーカーを発現する細胞が存在することがわかりました.また大腸癌組織では非癌部の組織と比較して酪酸濃度が高いこともわかりました.従って,この2つの菌が実際にヒトの体内で酪酸を分泌することで細胞老化を誘導している可能性が示唆されました.(図3)

 

最後に,この2つの菌と大腸癌の直接的な因果関係を検証するため,大腸癌モデルマウスであるApcΔ14/+マウスに菌を投与し大腸癌の発症が促進されるかどうか調べました.その結果,P. gingivalisを投与したマウスでは大腸腫瘍数が有意に増加し,またP. asaccharolyticaを投与したマウスでも有意差はありませんでしたが腫瘍数が増加する傾向が認められました.この大腸癌発症促進作用は酪酸非産生変異株P. gingivalisでは認められませんでした.さらに,P. gingivalisを投与しているマウスに老化細胞除去作用のあるセノリティックドラッグABT-263を併せて投与した結果,組織中の老化細胞の数が減少し,大腸腫瘍数の減少傾向および大腸腫瘍径の有意な縮小を認めました.以上より,2つの菌が酪酸分泌により大腸癌の発症を促進することがわかり,大腸癌の腫瘍進展に老化細胞の蓄積が関与している可能性が示唆されました.(図4)

図 4.ApcΔ14/+マウスに菌を投与する実験結果

a) PBSのみを投与したマウスと比較し,P. gingivalisを投与したマ ウスでは大腸腫瘍数が有意に増加し,P. asaccharolyticaを投与し たマウスでも腫瘍数が増加する傾向が認められた.
※ F. nucleatumはポジティブコントロールとして投与

b) 酪酸非産生変異株P. gingivalis (Mutant strain)を投与したマウスで は野生型P. gingivalis (Wild type strain)を投与したマウスより有意 に大腸腫瘍数が減少していた.

c) P. gingivalisを投与中のマウスにABT-263投与を併用すると,腫瘍 数の減少傾向および腫瘍径の有意な縮小を認めた.

 

一般的に酪酸は,腸内細菌が食物繊維を分解・代謝することで産生され,腸管保護的に働くと考えられています.P. asaccharolyticaP. gingivalisはアミノ酸を基質に酪酸を産生することが知られていますが,本研究では,逆に酪酸がこれらの菌の大腸癌発症促進作用の鍵であることがわかりました.今後,腸内細菌についての研究がさらに発展し,本研究の成果が腸内細菌叢を制御することによる効果的な大腸癌予防法の確立に繋がることが期待されます.

 

本研究成果はNature Communicationsにオンライン掲載されました。

【タイトル】Gut bacteria identified in colorectal cancer patients promote tumourigenesis via butyrate secretion

【著者】Shintaro Okumura, Yusuke Konishi, Megumi Narukawa, Yuki Sugiura, Shin Yoshimoto, Yuriko Arai, Shintaro Sato, Yasuo Yoshid, Shunya Tsuji, Ken Uemura, Masahiro Wakita, Tatsuyuki Matsudaira, Tomonori Matsumoto, Shimpei Kawamoto, Akiko Takahashi, Yoshiro Itatani, Hiroaki Miki, Manabu Takamatsu, Kazutaka Obama, Kengo Takeuchi, Makoto Suematsu, Naoko Ohtani, Yosuke Fukunaga, Masashi Ueno, Yoshiharu Sakai, Satoshi Nagayama, and Eiji Hara

 

  • 図 1. 腸内細菌叢解析の結果 健常者と大腸癌患者の腸内細菌叢を比較した結果,健常者からはほとんど検出されず,大腸 癌患者で増加する12菌種が同定された.

  • 図 2. 細胞老化を誘導する菌のスクリーニング実験 a) 実験系. b) P. asaccharolyticaとP. gingivalisの培養上清がヒト線維芽細胞にDNAダメージを与え,細胞老化を誘導した. DXR: ドキソルビシン,細胞老化誘導のポジティブコントロール E. coli:ネガティブコントロール γH2AX, pST/Q (phospho-Ser/Thr ATM/ATR): DNAダメージのマーカー

  • 図 3. ヒト大腸癌組織の解析結果 a) P. asaccharolyticaとP. gingivalisは大腸癌組織に付着・浸潤し,周囲に細胞老化マーカーを発現する細胞が存在した. b) 大腸癌組織中の酪酸濃度は非癌部の組織より有意に高かった.