環境応答研究部門  分子生物学分野/原研究室

年をとるとなぜ病気にかかりやすくなるのでしょうか? 私たちの細胞は異常を感知すると増殖を停止する「細胞老化」という安全装置を備えており、癌をはじめとする加齢性疾患の発症と密接に関与しています。個体の老化や寿命は細胞老化のような細胞レベル、あるいはそれを制御する分子レベルで決定されているのでしょうか? 遺伝子生物学分野では細胞老化に着目し、加齢現象や癌を含めた加齢性疾患発症の分子メカニズム解明を目指して研究を進めています。

細胞老化の分子機構とその生理的意義を探る

細胞老化とは、増殖性の細胞が何らかのストレスにより修復不可能なDNA損傷を受けた際、増殖を停止する現象で、細胞の異常増殖を抑える癌抑制機構として機能していると考えられています。当研究室では、これまで細胞周期の進行を抑制するCDKキナーゼ阻害因子であるp16INK4aとp21Waf1/Cip1と呼ばれるタンパク質が細胞増殖を不可逆的に停止させ細胞老化を誘導すること、また、細胞老化が個体老化や過度な肥満に伴って起きていることを明らかにしてきました。現在は、p16INK4a、p21Waf1/Cip1の発現を生体内で可視化できるモデルマウスを用いて細胞老化がいつ、どこで、どの程度起きるのかを明らかにし、細胞老化の生理的意義および細胞老化による疾患発症の分子メカニズム解明を目指して研究を進めています。

細胞老化随伴現象(SASP)による疾患発症メカニズムを探る

年をとるとなぜ病気になりやすいのでしょうか? 細胞老化は癌化を防ぐ安全装置になり得ますが、SASPというサイトカインなどの様々な分泌因子を高発現する現象を伴います。このSASPという現象は、傷ついた組織の修復や免疫応答を促進しますが、同時に炎症や癌も引き起こします。細胞老化によりSASPがおこる分子メカニズムを解明し、SASPを制御することができれば、癌や加齢性疾患の予防や治療法の開発につながることが期待されます。また当研究室では、加齢や肥満に伴い腸内細菌叢が変化することが細胞老化及びSASPを誘導することを見出しております。現在、体内で細胞老化の誘導に係る腸内細菌を特定し、その制御を通して細胞老化の誘導を調節することを目指した研究を展開しております。細胞老化の研究を通して癌と老化の制御機構の解明に貢献できればと願っております。

  • 図1:細胞老化はアポトーシスと並び発がんを抑制する機構として働く一方で、SASPを介して炎症や発がんの原因にもなり得る。

  • 図2:発光タンパク質によりp16INK4aの発現を生体内で可視化したマウス。加齢に伴いp16INK4aを発現する細胞が体内各所で増加しており、細胞老化がおきているのがわかる。(Journal of Cell Biology 186: 393-407. 2009 より転載)

メンバー

  • 教授 : 原 英二
  • 准教授 : 河本 新平
  • 准教授:松本 知訓(兼)
  • 助教 : 脇田 将裕
  • 特任助教:伊藤 甲雄
  • 特任助教:片山 由美
  • 特任研究員:植村 憲

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最近の代表的な論文

  • (1) Bacterial induction of B-cell senescence promotes age-related changes in the gut microbiota. Kawamoto S., et al., Nature Cell Biology (2023) 25: 865-876.
    (2) SARS-CoV-2 infection triggers paracrine senescence and leads to a sustained senescence-associated inflammatory response. Tsuji et al. Nature Aging (2022) 2: 115-124
    (3) Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome. Yoshimoto S., et al., Nature (2013) 499:97-101.
    (4) DNA damage signaling triggers degradation of histone methyltransferases through APC/CCdh1 in senescent cells. Takahashi A., et al., Molecular Cell (2012) 45:123-31.
    (5) Mitogenic signalling and the p16INK4a- Rb pathway cooperate to enforce irreversible cellular senescence. Takahashi A., et al., Nature Cell Biology (2006) 8:1291-7.
    (6) Opposing effects of Ets and Id proteins on p16INK4a expression during cellular senescence. Ohtani N., et al., Nature (2001) 409:1067-70.