マグネシウムによる血圧の概日リズム調節機構を解明(三木研がNat. Commun.誌に発表)

細胞制御分野の船戸洋佑助教、三木裕明教授らの研究グループは、マグネシウム1が日々の活動期における血圧上昇を抑制する仕組みを解明しました。生命に必須の栄養成分として知られるマグネシウムの血圧への作用機構を、腎臓特異的なTRPM6※2遺伝子ノックアウトマウスの解析により示しました。マグネシウムの摂取不足は高血圧の発症リスクを高めることが知られており、その作用機構の解明は高血圧の病態の理解や、その治療へもつながることが期待されます。

 

マグネシウムはあらゆる生命体にとって必須の物質で、細胞内ではイオン化したMg2+がエネルギー物質ATPなどに結合して数多くの生体内化学反応に関わっています。疫学的な調査研究からマグネシウムの摂取不足がさまざまな疾患の発症リスクを高めること、特に高血圧と深く関わっていることが知られてきましたが、その具体的な作用機構はまったく分かっていませんでした。

船戸助教、三木教授はマグネシウム再吸収※3に関わるイオンチャネルTRPM6を腎臓で特異的に遺伝子ノックアウトしたマウスを作成したところ、日々の活動期で見られる血圧上昇が起こらなくなることを見つけました(図1)。この原因は全身性の概日リズムの異常ではなく、血圧上昇を起こすホルモンであるレニン※4の分泌が妨げられているためでした。TRPM6が発現している遠位尿細管※5はマグネシウム再吸収の起こる場であると共に、レニンを分泌する傍糸球体細胞※6に隣接しており(図2)、これらの細胞間でなんらかの情報のやり取りが行われていると考えられます。傍糸球体細胞からのレニン分泌を促す腎交感神経を外科的に除去(腎デナベーション)したり、レニンの働きを阻害する降圧薬アリスキレンの投与によって活動期の血圧上昇が強く抑制されており、このレニン分泌の重要性が確認されました。興味深いことに、内在性TRPM6の発現はマグネシウムの影響を強く受けており、通常の倍量のマグネシウムを含む食餌で飼育するとTRPM6の発現が著しく低下しました。さらに、この高マグネシウム食摂取マウスではTRPM6ノックアウトマウスと同様に活動期の血圧上昇が見られなくなりました。

 

継続的な治療を受けている高血圧の患者数は国内だけでも約1,000万人と言われており、生活習慣の改善やさまざまな作用機構の降圧薬が治療に用いられています。しかしそのような治療を行っても十分に血圧が下がらないケースが約15%にも及ぶとされ、課題は残されています。マグネシウムと高血圧の関連は以前から指摘されてきましたが、その具体的な仕組みはほとんど分かっていませんでした。本研究成果によりマグネシウムと血圧調節を結ぶ、まったく新たな様式の血圧調節機構が見つかったことで、高血圧の病態の解明や新たな治療薬の開発などにつながることが期待されます。

 

本研究成果は、2021年6月17日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Importance of the renal ion channel TRPM6 in the circadian secretion of renin to raise blood pressure

著者名:Yosuke Funato, Daisuke Yamazaki, Daisuke Okuzaki, Nobuhiko Yamamoto, and Hiroaki Miki

 

<用語説明>

※1 マグネシウム

生体に必須の栄養成分であり、生体内では2価の陽イオンとして存在する。その大半はATPなどに結合しており、さまざまな生体内化学反応に必須の役割を果たしている。疫学的な調査研究からマグネシウムの摂取不足が高血圧と強く関連していることが示されている。

 

※2 TRPM6

Mg2+透過性の陽イオンチャネルで、腎臓の遠位尿細管や腸上皮で強く発現しており、Mg2+を細胞内へ取り込むことでその吸収や再吸収に働く。

 

※3 マグネシウム再吸収

腎臓の糸球体で血液からこし出された原尿中のマグネシウムを尿細管から再び吸収すること。再吸収されなかったマグネシウムが尿中に排出されることになる。体内のマグネシウム量の恒常性維持に非常に重要な役割を果たしている。

 

※4 レニン

傍糸球体細胞※6から分泌される血圧上昇効果をもつホルモン。それ自身はプロテアーゼであり、血中のアンジオテンシノーゲンを分解してアンジオテンシンIを産生する。これが別の酵素の働きでアンジオテンシンIIに変換されて、腎臓や血管に働きかけて血圧を上昇させる。

 

※5 遠位尿細管

腎臓の糸球体で血液からこし出された原尿が通過していく管(尿細管)の終末に近い部分。TRPM6が特異的に発現しており、マグネシウム再吸収の最終過程に働いている。レニンを分泌する傍糸球体細胞に隣接している。

 

※6 傍糸球体細胞

腎臓内でレニンを産生し、腎交感神経などからの刺激に応答して分泌する。

 

 

 

 

  • 図1:1日を通しての1時間ごとの収縮期血圧(左)と拡張期血圧(右)。通常マウスでは活動期に入ると血圧が上昇するが(黒丸)、腎臓特異的TRPM6遺伝子ノックアウトマウスでは血圧上昇が見られなくなり(白丸)、血圧変化の概日リズムが消失する。

  • 図2:腎臓の中でのレニン分泌細胞とTRPM6発現細胞の隣接。レニン(緑)とTRPM6(赤)の二重蛍光染色によって、レニンを分泌する傍糸球体細胞がTRPM6を発現する遠位尿細管の末端部に隣接して存在していることが分かる。