組織・臓器の発生プロセスのエラー回避機構を発見(石谷研がNat. Commun.誌に発表)

本研究所の龝枝佑紀助教、石谷太教授(群馬大学生体調節研究所兼任)、群馬大学大学院医学系研究科博士課程の小神野翔平氏らの研究グループは、九州大学生体防御医学研究所の大川恭行教授らとオリンパス株式会社との共同研究により、動物組織の健康性が、不良細胞を排除する「モルフォゲン勾配(※1)ノイズキャンセリング」というシステムにより支えられていることを突き止めました。

 

動物の発生や再生の過程では、細胞が分裂し膨大な数の細胞を生み出しますが、その過程では突発的な異常がある一定の頻度で生じます。これまで、動物組織がこのような異常を回避・克服し、健康性を維持する能力を備えていることは予見されていましたが、この異常回避を担うメカニズムの実体はほとんど分かっていません。

今回、研究チームは、生きた組織の細胞や分子の動態を観察するイメージング解析に適したモデル脊椎動物ゼブラフィッシュを用いて、異常回避システムの実体の一つ「モルフォゲン勾配ノイズキャンセリング」を発見しました(左図)。このシステムは、動物胚の発生過程で突然生じた不良細胞を、モルフォゲン勾配というセンサーを使って感知し、細胞死によって取り除く=ノイズをキャンセルすることで、胚組織を構成する細胞の質や機能を適切に維持します。

 

本研究では、正常に機能し、病気になりにくい健康な組織・臓器を作り上げるには、不良細胞を自ら感知・排除する「モルフォゲン勾配ノイズキャンセリングシステム」が必要であることを解明しました。

今後、本研究の進展により、発生過程で生じた異常細胞から先天性疾患が発症するメカニズムの解明や検査・診断法の確立、さらには治療への応用が期待できます。加えて、正常組織に生じた変異細胞からがんが発生するメカニズムの理解、予防法確立にも寄与する可能性もあります。

 

本研究成果は、2019年10月17日にネイチャー姉妹誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載されました。

タイトル:“Cell competition corrects noisy Wnt morphogen gradients to achieve robust patterning”

著者名:Yuki Akieda, Shohei Ogamino, Hironobu Furuie, Shizuka Ishitani, Ryutaro Akiyoshi, Jumpei Nogami, Takamasa Masuda, Nobuyuki Shimizu, Yasuyuki Ohkawa, & Tohru Ishitani

 

※1 モルフォゲン勾配

生物の体あるいはそれを構成する組織にパターンを与える分子システム。生物の体や生体組織が正常に機能するためには、特定の機能を備えた細胞を適切な位置に適切な数だけそれらの内部に配置する必要がある。このような細胞配置(パターン)は、モルフォゲン勾配によって作り上げられる。モルフォゲンは発生源から濃度勾配を持って発せられ、その濃度に応じて異なる強さの情報を細胞に入力し、結果としてモルフォゲン情報強度の勾配(モルフォゲン勾配)が形成され、この勾配に沿って各細胞が自身の位置情報を把握し、その位置に適合する運命を選択する。ショウジョウバエで「ビコイド」という分子の濃度勾配が、生体の「前」と「後」を作るモルフォゲンであることを世界で初めて発見したドイツのNusslein-Volhardは、1995年ノーベル医学生理学賞を受賞している。