寄生虫感染により産生誘導される一酸化窒素が 宿主免疫に悪影響(山本研がmBioに発表)

トキソプラズマはヒトを含む全ての恒温動物に感染する人畜共通の寄生虫です。世界人口の3分の1が感染していると言われますが、免疫系が正常である場合は特に問題はありません。しかしトキソプラズマは、エイズにかかる、臓器移植を受けるなどの免疫不全状態になると致死的な脳炎や肺炎、肝炎などを引き起こしたり、妊婦が初感染すると流産や新生児が先天性の水頭症や眼の疾患を引き起こす病原体で、現在、トキソプラズマ症は我が国で医学的に最も大きな問題となっている寄生虫疾患のひとつであると言っても過言ではありません。

トキソプラズマは細胞に感染してのみ増殖ができる寄生虫です。これまでに宿主の細胞に感染した際に様々な分子を放出することが知られており、日欧米中の間でそれら分子がどのように病原性発症にかかわってくるのかなど、その寄生虫学の研究競争が激化しています。その中の一つであるGRA15も宿主細胞内に放出され、宿主免疫系を活性化することが知られていました。しかし、マウスを使った寄生虫免疫学による研究の結果、GRA15を欠損したトキソプラズマの方が野生型原虫よりも病原性が増す(つまり、GRA15が無い方がトキソプラズマには有利である)ことが報告され、トキソプラズマがGRA15を持つ寄生虫学上の意義は長い間不明でした。

山本教授らの研究グループでは、インターフェロン(※5)依存的な抗トキソプラズマ免疫応答がヒトとマウスで大きく異なる点に着目し、研究を進めました。その結果、GRA15は、ヒトでは抗トキソプラズマ免疫応答を抑制するという新規の病原性機構を発見しました。

まず、ヒトのマクロファージや肝臓細胞の単独培養系に、野生型トキソプラズマまたはGRA15欠損トキソプラズマを感染させたところ、GRA15の有無にかかわらずトキソプラズマはインターフェロン刺激によって増殖が抑制され、両者の間に違いを見つけることはできませんでした (図1A)。トキソプラズマが感染した宿主の体内では、トキソプラズマに感染したマクロファージが様々な臓器を巡ります。このことから、肝臓細胞とトキソプラズマに感染したマクロファージを一緒に培養する系(共培養系)で試験してみました。その結果、野生型のトキソプラズマに比べてGRA15を欠損したトキソプラズマは、インターフェロン存在下で増殖できないことがわかりました(図1B) 。

その理由を詳細に解析した結果、まず感染マクロファージはトキソプラズマのGRA15依存的にインターロイキン(IL-1)と呼ばれるサイトカインを産生し、放出することがわかりました(図2A)。そこでIL-1を肝臓細胞に作用させたところインターフェロンと相乗的に働き、肝臓細胞においてNOを合成する酵素の一つである誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現が上昇、NOの合成が誘導されていました。さらにこのNOが、ヒトにおいて抗トキソプラズマ免疫応答に必須の役割をしているIDO1のタンパク質量が著しく減少させ、免疫応答を抑制していることがわかりました。

これらの結果により、トキソプラズマがGRA15依存的にインターフェロン誘導性の抗トキソプラズマ免疫反応を抑制していることが明らかになりました(図2B、C)。これは、元来マウスの寄生虫免疫学で重要な抗トキソプラズマ宿主因子と考えられていたNOが、ヒトでは逆に抗トキソプラズマ免疫反応を抑制していたという点でとても意外でした。さらに、iNOSの阻害剤を加えることによって、GRA15を有する野生型トキソプラズマの増殖をマクロファージ・肝臓細胞の共培養系でも抑制できることを確認しました(図2D)。

以上の結果から、ヒトの抗トキソプラズマ免疫反応の抑制におけるNOの重要な役割が明らかとなりました。

 

図1 GRA15依存的な抗トキソラズマ免疫応答抑制

(A) 未刺激またはインターフェロンで刺激したヒトのマクロファージまたはヒトの肝臓細胞に野生型またはGRA15欠損トキソプラズマを感染させた後に原虫数を比較した結果、どちらのトキソプラズマも数が同様に低下していた。

(B) 野生型またはGRA15欠損トキソプラズマを感染させたヒトマクロファージをヒト肝臓細胞と共培養し、インターフェロン刺激したところ、野生型トキソプラズマに比べてGRA15欠損トキソプラズマ感染群は数が低下していた。このことから、ヒトマクロファージと肝臓細胞の共培養系で、GRA15によるインターフェロン依存的な抗原虫応答の抑制が観測された。

図2 GRA15依存的な一酸化窒素の産生と一酸化窒素産生阻害による野生型トキソプラズマの増殖抑制

(A)野生型トキソプラズマを感染させたマクロファージからIL-1が産生される。一方、GRA15欠損トキソプラズマ感染細胞から全くIL-1が産生されない。

(B) 野生型またはGRA15欠損トキソプラズマを感染させたヒトマクロファージをヒト肝臓細胞と共培養し、インターフェロン刺激したところ、野生型トキソプラズマに比べてGRA15欠損トキソプラズマ感染群は一酸化窒素が全く産生されていなかった。

(C) (B)の条件で、iNOS及びIDO1タンパク質を検出したところ、iNOSについては野生型トキソプラズマ感染群では検出されたが、GRA15欠損トキソプラズマ感染群ではiNOSが全く検出されなかった。一方IDO1について、野生型トキソプラズマ感染群ではほとんど検出されず、GRA15欠損トキソプラズマ感染群ではIDO1が多く発現していた。

(D) 一酸化窒素合成阻害剤(既に糖尿病合併症治療薬として広く使われている化合物)存在下で、野生型トキソプラズマ感染群であってもインターフェロン刺激後の数が大幅に減少した。

本研究成果により、トキソプラズマ感染時に起きるNOの産生を阻害すれば、トキソプラズマによる免疫抑制作用を回避できることを示唆しており、「ヒト」トキソプラズマ症の新規の治療戦略を提供できるものと期待されます。


本研究成果は、2018年10月9日(火)午後19時(日本時間)に米国科学誌「mBio」(オンライン)に掲載されました。

Inducible Nitric Oxide Synthase Is a Key Host Factor for Toxoplasma GRA15-Dependent Disruption of the Gamma Interferon-Induced Antiparasitic Human Response

Hironori Bando, Youngae Lee, Naoya Sakaguchi, Ariel Pradipta, Ji Su Ma, Shun Tanaka, Yihong Cai, Jianfa Liu, Jilong Shen, Yoshifumi Nishikawa, Miwa Sasai, and Masahiro Yamamoto

  • トキソプラズマ感染によって、GRA15依存的にヒトマクロファージからIL-1が産生され、それが肝臓細胞にインターフェロンと共に作用すると一酸化窒素の産生が起きる。その結果、インターフェロン刺激により誘導されるはずのヒト抗トキソプラズマ免疫分子であるIDO1が減少し、トキソプラズマは増殖できる。