病気のバイオサイエンス

大阪大学 微生物病研究所

last up date : 07 April 2008

ゲノム不安定性と発がん

菱田 卓 ( Takashi HISHIDA )

ゲノム動態研究グループ

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はじめに

生命活動の中枢であり、遺伝情報の基盤であるゲノム DNA は、デオキシリボース(糖)、リン酸、塩基からなるデオキシリボ核酸により構成されており、ホスホジエステル結合により連結し、方向性を持つ鎖状の分子構造を形成する。また、塩基には、アデニン、グアニン、チミン、シトシンの4種類が存在し、それぞれ相補的な塩基(A-T, G-C)が水素結合を介して結合し、その結果、2本の DNA 鎖が相反する方向性を持つらせん状の二重鎖構造(二重らせん構造)をとっている。 DNA が、 DNA /RNAポリメラーゼ反応の鋳型や DNA 結合タンパク質との相互作用、さらに、シトシンのメチル化を介したエピジェネティックな遺伝子発現制御など、様々な反応のプラットホームとして機能できるのは、 DNA の構造及び構成物質の反応性に富んだ化学的性質によるところが大きい。しかしながら、 DNA のこのような化学的性質は、放射線や化学物質などの外的要因や、細胞内代謝の過程で生じる活性酸素や細胞内 pH の変化などの内的要因によって膨大な数の DNA 損傷を引き起こす原因ともなっている。 DNA 損傷の多くは、変異を引き起こす原因となるため、生物は、これらの損傷を受けた DNA を元に戻す、いわゆる DNA 修復機構を進化の過程で獲得しており、様々な DNA 損傷に対応するために多様な DNA 修復機構が存在する。 DNA 損傷は、全ての生物にとって普遍的な問題であり、実際、 DNA 修復機構のほとんどが、原核生物のバクテリアからヒトまで高度に保存されている。本稿では、様々な DNA 損傷と、それらを修復する多様な修復機構について解説する。

1. 様々な DNA 損傷

DNA 損傷には、 DNA 構造中の共有結合に変化を与える損傷と、共有結合には影響しない損傷に分けることが出来る。共有結合に影響しない損傷とは、塩基ミスマッチや DNA ループ構造などが含まれ、これらはミスマッチ修復経路によって修復される。本稿では、特に共有結合に変化を与える損傷ついて解説する。


1.1. DNA 塩基損傷
1.1.1 脱塩基
DNA は、pH の変化や熱的ゆらぎによって大きな影響を受ける。その代表的な例として、塩基と糖をつなぐN-グリコシル結合の切断反応による塩基の消失(脱塩基反応)が知られている。試算によると、ヒトの1個の細胞の DNA からは、1日に約1万個の塩基が失われていると考えられている。また、脱塩基反応は、酸性 pH でより起こりやすく、ピリミジンよりプリンの方が20倍以上起こりやすい。

1.1.2 脱アミノ化
環状塩基の外側にアミノ基を持つ、シトシン、アデニン、グアニンは、自然に起こる脱アミノ反応によって、それぞれウラシル、ヒポキサンチン、キサンチンに変化する(図1)。最も高頻度で起こるシトシン→ウラシルの脱アミノ反応の場合、1日にゲノムあたり数百個の割合で起こると見積もられている。ウラシルは DNA 中でチミンのようにふるまう為、修復される前に DNA 複製が起こってしまうと、ウラシルはアデニンと対合し、結果、C:G 塩基対がT:A 塩基対に変化してしまう。同様に、ヒポキサンチンは、シトシンと対合しやすいので、A:T 塩基対からG:C 塩基対へのトランジション変異が起こる。 DNA の脱アミノ化は、自然に起こる現象であり避けることは出来ないが、生じる塩基は天然にはない塩基であり、例えば、RNAのウラシルの場合と違って、 DNA がチミンである理由の一つとして、シトシンの脱アミノ化によって生じるウラシルと区別することで修復を容易にしていることが考えられる。 DNA は、グアニンよりも構造が単純なヒポキサンチンではなくグアニンを塩基として使うのも同様の理由であると考えられ、生物は、核酸の化学的性質を踏まえた上で、遺伝情報として DNA を選択してきたことが伺える。

1.1.3 アルキル化
DNA のアルキル化は、アルキル化剤処理した場合や細胞内代謝産物(S-アデノシルメチオニン)などによっても起こる。各塩基のアルキル化を受ける場所(窒素又は酸素原子)は様々で、1つのアルキル化剤によっても様々なアルキル化塩基が生じる。さらに、塩基以外にも糖リン酸結合部位のアルキル化も生じる。これらは、塩基対合を阻害や間違った塩基対合を引き起こすだけでなく、N-グリコシル結合を弱めるため、脱塩基反応も促進する。その結果、これらのアルキル化塩基は突然変異や細胞死を引き起こし、ヒトにおいては発がんの原因となる。アルキル化剤の多くが強力な変異原性をもつ理由はここにある。

1.1.4 酸化的 DNA 損傷
酸化的 DNA 損傷とは、スーパーオキシド(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシラジカル(・OH)等の活性酸素によって引き起こされる DNA 損傷のことである。これらの活性酸素の中でも、ヒドロキシラジカルは不対電子を持ち非常に不安定で反応性に富む性質(様々な物質を酸化する性質)を持つ。我々の生体内では、ミトコンドリアの電子伝達系の副産物としてスーパーオキシドは常に生じており、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により過酸化水素と水に変換される(式1)。過酸化水素は、さらにカタラーゼ等により水と酸素に変換される(式2)。しかしながら、過酸化水素が金属イオン(Fe2+)と結びつくと、ヒドロキシラジカルが作られる(式3:フェントン反応)。図2にヒドロキシラジカルによって生じる主な酸化塩基を示す。これらのうち1〜3は、 DNA 複製の進行を阻害し、4と5は間違った塩基対合を引き起こす。最近の研究から、酸化的 DNA 損傷は、脳・神経細胞における DNA 損傷の主要な原因として注目を集めている。これは、脳・神経細胞などの分化した細胞は、細胞分裂を起こさないことと、これらの細胞では特に酸素呼吸が盛んな為、活性酸素が生じやすくかつ蓄積しやすい環境であることが原因と考えられる。様々な動物の研究から、活性酸素の蓄積と寿命には相関関係が見られ、特に長寿命を獲得してきたヒトにおいては、酸化的 DNA 損傷の蓄積が老年期における脳や神経疾患を引き起こす要因として考えられている。
(式1) 2O2-+2H+→O2+H2O2
(式2) 2H2O2→O2+2H2O
(式3) H2O2+Fe2+→・OH+OH-+Fe3+

1.1.5 紫外線損傷
紫外線スペクトラムは、大きくUV-A (400-320 nm)、UV-B (320-290 nm)、UV-C (290-100 nm)に分けることができる。地表に到達する紫外線は、そのほとんどがUV-Aであり、ごくわずかにUV-Bが到達するが、最も生物に有害なUV-Cは、オゾン層及び大気によって完全に吸収され地表には到達していない。しかしながら、それでも尚、紫外線は自然環境において DNA 損傷を引き起こす最も主要な要因であることには変わりはない。さらに、近年の急速な経済の発展と共に、大気中に排出されるフロン等に起因する塩素、臭素によるオゾン層破壊によって有害紫外線が増加してきており、皮膚がんや白内障などの健康被害や農作物の収穫量の減少などが懸念されている。
  DNA の濃度を測定する際、紫外線に相当する260 nmの波長で測定するのは、核酸の塩基が260 nm付近に吸収スペクトルのピークを持つ為である。光エネルギーを吸収することで励起された塩基の中でも、特にピリミジン残基が隣り合っている場合は、基底状態へ戻る過程で新たな産物を作り出す。代表的なものにシクロブタン型ピリミジンダイマーと 6-4 光産物がある(図3)。これらの損傷は、比較的大きな損傷として DNA 構造の変化を引き起こし、 DNA 複製や転写を阻害する。

1.1.6 DNA クロスリンク
シスプラチン、マイトマイシン、ニトロジェンマスタード等は、二重鎖 DNA 間のクロスリンクを引き起こすため、複製や転写を強く阻害する。さらに、これらの損傷部位に複製が衝突すると、 DNA 二重鎖切断などが引き起こされる。

Fig1
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図1 塩基の脱アミノ化によって生じる損傷塩基

Fig2
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図2 活性酸素によって生じる損傷塩基の代表例
1〜3の損傷塩基は、 DNA 複製阻害を引き起こし、4及び5の損傷塩基は誤った塩基対合を引き起こす。また、2と3の損傷塩基は、それぞれアデニンとグアニン塩基のイミダゾール環の開裂によって生じる。

Fig3
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図3 紫外線によって生じる2種類の損傷塩基
赤線は2つのチミンをつなぐ共有結合を示す。シクロブタン型ピリミジン2量体では、2つの共有結合により、シクロブタンリングが形成される。一方、6-4光産物では、隣り合うチミンのC6とC4位の間で共有結合が形成されるが、これは DNA へリックス構造の大きなゆがみを引き起こす。

1.2. DNA 鎖損傷
1.2.1 DNA 二重鎖切断・一本鎖切断
DNA 二重鎖切断は、染色体の欠失や変異及びゲノム再編成などを引き起こす為、生物にとっては最も致死的な損傷である。電離放射線(X線やγ線など)は、 DNA 二重鎖切断を引き起こす最も直接的な原因であるが、最近の研究から、 DNA 損傷と複製フォークの衝突がきっかけで DNA 二重鎖切断又は一本鎖 DNA 領域の拡大などが生じることが分かってきている。

2. 多様な DNA 損傷修復機構

2.1. DNA 損傷の直接的修復
2.1.1 紫外線損傷の光回復
紫外線は自然環境における最も主要な DNA 損傷要因である。従って、生物は、進化の過程でこの損傷を修復する様々な修復機構を発展してきた。最も単純かつ直接的に UV 損傷修復を行うのが光回復と呼ばれる機構で、 DNA 光回復酵素( DNA フォトリアーゼ)によって修復が行われる。この酵素は、バクテリアをはじめとして、植物、動物まで存在するが、ヒトなどのほ乳類には存在しない。しかしながら、ヒトにおいては、サーカディアンリズム(既日リズム)に関与する酵素に、この DNA フォトリアーゼとよく似た反応機構を持つものが存在し、これらは同じ起源から派生したものであると考えられる。

2.1.2 アルキル化塩基の脱アルキル化
アルキル化剤であるニトロソグアニジンやメチルメタン硫酸などで細胞が処理された場合に生じる様々なメチル化塩基の中で、O6-メチルグアニンやO4-メチルチミンは、それぞれチミン及びグアニンと誤対合を起こすため突然変異誘発の原因となる(図4)。これらのメチル化塩基に対しては、O6-メチルグアニン-DNA メチルトランスフェラーゼと呼ばれる酵素が直接的に作用し、メチル基を自身のシステイン残基に転移することで塩基修復を行っている(図4)。興味深い点は、この酵素は自身にメチル化を転移すると不活性化する、すなわち自殺酵素であるとうことである。なぜ、このような一見非効率な修復形態が進化の過程で保存されてきたのかはっきりしないが、細菌などでは、この“非効率さ“が損傷量の程度にうまく”適応“するのに役立っているのかもしれない。細菌が過剰な損傷を受けた場合、むしろ変異頻度を高めることで環境に適応しようとする機構が存在するが、この酵素も損傷の修復だけでなく、そのような適応機構の役割の一端を担っていると考えられる。一方、高等真核生物においては、このような適応は、むしろ発がんなどの原因となってしまうため、個体としての生存にとっては好ましくない。実際、過剰な損傷を受けた細胞は、適応ではなく細胞死が誘導されていることが知られており、この修復経路の非効率さは、損傷量に応じて正常な細胞へ修復するか、又は、細胞死を誘導するかの閾値の決定に重要な役割を果たしているかもしれない。

Fig4
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図4  DNA メチルトランスフェラーゼによるO6メチル化グアニンの修復機構
メチル化グアニンはチミンと塩基対を形成できる為、修復前に DNA 複製が起こると、G:CからA:T塩基対へのトランジション変異が生じる。

2.2. 除去修復
2.2.1 塩基除去修復 (Base excision repair: BER)
塩基除去修復(BER)では、まず初めに損傷塩基を認識してN-グリコシル結合を切断する DNA グリコシラーゼが働く。細胞は、脱アミノ化で生じた塩基や酸化損傷塩基、アルキル化塩基などの、様々な損傷塩基に特異的に働く多種類の DNA グリコシラーゼを持っている。 DNA グリコシラーゼにより塩基が除去された部位(apurinic/apyrimidinic site: AP 部位)又は、脱塩基反応で出来たAP部位は、さらに5’APエンドヌクレアーゼによってAP部位の5’側のホスホジエステル結合が加水分解される。このとき、切断部位の3’末端にはOH基、5’末端にはデオキシリボースリン酸(dRp)基となっているが、さらに5’dRp基は、dRpase( DNA deoxyribophosphodiesterase)によって除去され、1塩基ギャップ領域が生じる。その後、 DNA ポリメラーゼ、 DNA リガーゼによって塩基の新たな合成及び再結合が起こり、修復が完了する(図5)
 BERは、上記以外にも複数の修復経路を持っていることが分かっている。その一つが、2価性の DNA グリコシラーゼが関与する経路である。この2価性 DNA グリコシラーゼは、先の DNA グリコシラーゼ活性の他にAPリアーゼ活性を持っており、AP部位のβ-elimination(β-脱離)を引き起こし、AP部位の3’側ホスホジエステル結合の切断が起こる。このとき生じる切断部位の3’末端α,β不飽和アルデヒド基は、APエンドヌクレアーゼによって切断される為、その結果、最終的には上記の反応と同じく1塩基ギャップ領域となる。その後は、DNA ポリメラーゼ・DNA リガーゼによって修復される。

2.2.2 ヌクレオチド除去修復 (Nucleotide excision repair: NER)
BERが損傷塩基の種類を特異的に認識し、除去/修復する機構であるのに対して、ヌクレオチド除去修復(NER)は、損傷塩基を含む数十ヌクレオチドを除去することで修復が行われる。除去される平均ヌクレオチド数は、生物種によって変化し、また損傷塩基の種類や前後の DNA 配列などにも影響を受けることがわかっている。大腸菌とヒトの場合、それぞれ12及び30ヌクレオチド前後である。NERによって除去される損傷は、紫外線損傷や DNA クロスリンクなど、 DNA 複製や転写などを阻害する比較的大きいものである。これは、おそらくNERによる損傷認識が、損傷塩基特異的ではなく、 DNA 二重らせん構造のゆがみなどに対して働くことによると考えられている。実際の反応は、以下のステップによって行われる。1) DNA 損傷領域の認識、2)損傷部位の2重鎖 DNA の開裂、3)損傷塩基を含む DNA 鎖の両側での一本鎖切断、3)損傷塩基を含むオリゴヌクレオチドの切り出し、4)一本鎖領域の DNA 修復合成及び再結合(図6)
 NERは、ある特定の損傷特異的に働く訳ではないので、様々な損傷を修復することが出来るが、通常の自然環境中で主要な DNA 損傷の要因となっている紫外線損傷の修復は、NERが果たすべき最も重要な役割と言える。実際、ヒトの遺伝病として知られる色素性乾皮症(Xeroderma Pigmentosum; XP)やコケイン症候群(Cockayne Syndrome; CS)では、NERの機構に異常が生じており、共に日光に過敏性がみられ、特にXPでは皮膚癌が高頻度に発症することが知られている。


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図5 塩基除去修復の反応機構

Fig6
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図6 ヌクレオチド除去修復の反応機構
図には、大腸菌においてこの修復機構に関連するタンパク質を示している。詳細は本文を参照。

2.3. 組換え修復
DNA 二重鎖切断(DNA double strand break; DSB)が修復されないまま細胞分裂が起こった場合、染色体の断裂を引き起こすため、DSBは生物にとって致死的な損傷である。DSBは、古くから電離放射線によって生じることが分かっていたが、最近の研究から、 DNA 複製時においても、 DNA 複製フォークの進行阻害に伴って引き起こされていることが分かってきた。このようなDSBを修復する機構として、1)姉妹染色体や相同染色体における相同鎖を鋳型として用いる DNA 相同組換え修復と、2)鋳型なしに DNA の切断末端を結合させる DNA 非相同組換えが存在する。

2.3.1 DNA 相同組換え修復
DNA 相同組換えによるDSB修復では、まず初めに、切断末端が DNA エンド/エクソヌクレアーゼの働きによって3’側に一本鎖が形成される。次に、この一本鎖領域に原核生物では RecA、真核生物では Rad51 が結合してヌクレフィラメントを形成し、相補的な DNA 鎖と対合し鎖交換反応を行う。この反応によって出来た組換え中間体を基に、 DNA 修復合成によって失われたヌクレオチド部分が合成される。最終的にエンドヌクレアーゼ等による中間体の切断により二重鎖 DNA が解離して、 DNA リガーゼによる結合が行われ反応が完了する。修復経路としては、主に、切断末端の両方の一本鎖 DNA が組換え/修復合成反応に関わる経路と、片側の一本鎖 DNA のみが組換え/修復合成反応に関与する経路が存在し、体細胞分裂期の細胞においては後者の反応経路が主流であると考えられている(図7)。また、DNA 相同組換え機構は、一本鎖 DNA 領域の修復にも有効である。一本鎖 DNA 領域は、主に DNA 複製が損傷塩基などによって阻害された場合に生じることがわかっている。このような阻害された複製フォーク近傍に出来た一本鎖 DNA 領域は、 DNA 相同組換えが働く場を提供し、複製フォークの安定化とフォークの再構築及び再開に機能している。 DNA 複製阻害等の複製ストレスは、ヒトにおいてがん化リスクを上昇する要因であることが分かっており、おそらく、複製ストレスの克服に関する機能は生理的な条件下で DNA 相同組換えが果たすべき最も重要な役割であると考えられる。

2.3.2 DNA 非相同組換え
DNA 非相同組換え反応は、原核生物や下等真核生物ではあまり重要ではないが、ヒトなどの高等真核生物においては、電離放射線などによる DSB の修復において中心的な役割を果たしており、さらに、抗体産生時における VDJ 組換えにも関与している。この反応では、まず初めに切断末端に KU70/Ku80 へテロダイマーが結合し、PI3 キナーゼに構造的に類似した DNA -PKcsと呼ばれるプロテインキナーゼがリクルートされる。その後、Rad50/Mre11/Nbs1(Xrs2) のヌクレアーゼ活性を持つ複合体によって末端部分が処理された後、 DNA リガーゼ IV や XRCC4 によって末端部分の再結合が行われて修復が完了する(図7)

Fig7
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図7  DNA 二重鎖切断修復機構
DNA 相同組換え(HR)修復機構では、相同又は姉妹染色体上の相同配列と組換えを起こすことで修復を行う。HR修復機構においては、図の左に示すSDSA (Synthesis dependent strand annealing)と呼ばれる反応機構が主要な修復経路と考えられている。一方、 DNA 非相同組換え(NHEJ)修復機構では、切断末端が直接的に再結合することで修復が行われる。黒字は大腸菌、青字は真核生物のそれぞれの反応機構に関与するタンパク質を示したが、この他にも多数の組換え制御に関わるタンパク質が存在する。

3. DNA 損傷トレランス

本稿では、主に DNA 損傷とその修復機構を中心に述べてきたが、これらと共に DNA 損傷に対する細胞の防御機構として重要なのが DNA 損傷トレランス機構である。 DNA 損傷トレランスとは、損傷の直接的な修復は行わない一方で、細胞の損傷に対する抵抗性の獲得に重要な役割を果たしている機構のことである。広義には、 DNA 損傷チェックポイントが含まれる。例えば、損傷を受けた細胞が、その修復を完了しないままに DNA 複製や細胞分裂を起こさないために細胞周期を停止する働きなどがそれに該当する。狭義には、 DNA 損傷トレランス機構はRAD6 経路のことを示しており、これは、 DNA 複製の進行が阻害されるような場合に働き、損傷部位をバイパスする機能により DNA 複製阻害の回避を行う機構である。一つの損傷で、いちいち複製が停止し、その再開に損傷の修復を待っていては、細胞の増殖もままならないので、とりあえず損傷部位を回避して DNA 複製フォークが進行出来るように機能していると考えられる。RAD6 経路に関与するタンパク質の多くが、ユビキチン修飾酵素の E2 及び E3 であり、最近、このターゲットが DNA ポリメラーゼの伸長因子である PCNA であることがわかった。さらに、この PCNA のユビキチン化は、分解ではなく新たな因子のリクルートに重要であると考えられており、酵母を用いた研究から、PCNAのモノユビキチン化修飾では、損傷乗り越えて DNA 合成を行うことができ、生育に必須でない DNA ポリメラーゼ群をリクルートして損傷部位での複製阻害回避に機能している(図8)。一方、PCNAのポリユビキチン化においては、ある種の組換え反応(Template switch)により損傷部位の乗り越えが起こっていると考えられているが、未だ実態は明らかになっていない。


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図8  DNA 損傷トレランス経路
DNA 複製の進行が DNA 損傷によって阻害されると、RAD6 経路のユビキチン化酵素群によってPCNA のユビキチン化が起こる。PCNA のモノユビキチン化では、損傷乗り越え型 DNA ポリメラーゼがこの損傷部位にリクルートされて、損傷の乗り越え DNA 合成を行うと考えられている。一方、PCNA のポリユビキチン化が起こった場合は、Template switch型の組換え機構によって複製の再開が行われると考えられているが、その詳細は不明である。さらに、Template switch 型の組換え経路とオーバーラップする形で DNA 相同組換え機構もこの複製再開に関与している。

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プロフィール

菱田 卓 ( Takashi HISHIDA )

ゲノム動態研究グループ・准教授


E-Mail hishida@biken.osaka-u.ac.jp


1996年早稲田大学大学院理工学研究科修士修了
2000年大阪大学大学院医学研究科博士課程修了
2001年大阪大学微生物病研究所 助手
2005年大阪大学微生物病研究所 助教授
2007年大阪大学微生物病研究所 准教授

趣味 : スノーボードは、始めて18年ほど経つが、ここ5年程ご無沙汰である。たまに息子と鉄道を乗りに行くことが最近の楽しみ。


Key Word : DNA 損傷、紫外線、電離放射線、活性酸素、 DNA 修復、 DNA 複製、 DNA 相同組換え、ゲノム安定性維持