病気のバイオサイエンス

大阪大学 微生物病研究所

Last Update: 07 April 2008
(Modified: 13 June 2013)

ウイルスベクター

伊川 正人 ( Masahito IKAWA )

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はじめに

ウイルスと言えばインフルエンザやAIDS(Acquired Immune Deficiency Syndrome)・SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)など、感染症を引き起こす原因としてのイメージが強い。しかし近年の分子生物学の進歩を受けて、リベンジという訳ではないがウイルスの病原性を取り除いて家畜化し、外来遺伝子を導入するためのウイルスベクターとしての有効利用も検討されている。ウイルスベクターは遺伝子機能解析のツールとしてだけでなく、病気を治療する遺伝子治療用ツールとしても脚光を浴びている。

1. ウイルス

ウイルスは19世紀末にロシアのIvanovskyらによって、タバコモザイク病の病原体が細菌濾過器を通過できる感染性の因子として発見された。1935年にはアメリカのStanleyが感染性を有したままタバコモザイクウイルスを結晶化することに成功している(図1)。ウイルスは単独では増殖できないため生物の定義から外れるものの、遺伝物質として拡散を有し、生きた細胞の中では増殖できることから非細胞性生物として位置づけるのが適当であろう。一般的にウイルスとは動植物に感染するものを言い、細菌に感染するウイルスはバクテリオファージと呼ばれる。

Fig1
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図1 結晶化されたタバコモザイクウイルス
(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ICTVdb/Images/Ackerman/Plantvir/399-18.htm)

1.1. ウイルスの構造
ウイルス粒子 (ビリオン virion) の基本構造は核酸 (DNAもしくはRNA) と、それを包む殻タンパク質 (カプシド capsid) との複合体 (ヌクレオカプシド) である(図2)。ウイルスによってはリポタンパク質性の外被 (エンベロープ) に覆われていたり、ヌクレオカプシド以外の物質 (カプシドの内側にタンパク質を有する場合、それをコアタンパク質と呼び、核酸と合わせてコアと呼ぶ) を含むものもある。大きいウイルスは数百 nm あるが、大部分は 20-30 nm と光学顕微鏡では見えないほど小さい。 ウイルスは殆どの場合DNAもしくはRNAの一方をゲノムとして有していることから、ゲノム核酸の種類によってDNAウイルスとRNAウイルスに大別される。さらには1本鎖か2本鎖か、環状か線状か、RNAであれば+鎖か−鎖か、などによっても細かく分類される(図3)

Fig2
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図2 ウイルス粒子の構造
http://ja.wikipedia.org/wiki/
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Fig3
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図3 ウイルスの分類
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ICTVdb/Images/index.htm

1.2. ウイルスの増殖
ウイルスの増殖はすべて細胞に依存していることから、偏性寄生性と言われる。まず宿主細胞に吸着して侵入し、脱殻、サブユニット合成、成熟粒子の形成、放出を繰り返して増殖するが、細胞等が分裂を繰り返して2n倍に対数増殖するのと異なり、条件さえ整えば1つの細胞内で数十から数百のウイルスを複製することができる。基本的には感染細胞は生理的・形態的変化(CPE: cytopathic effect)を起こして死滅することが多いので、ウイルスは細胞が死ぬ前に他の細胞に感染することを繰り返して増殖する。またウイルスの種類によっては、自らのゲノムをDNAとして宿主ゲノムに組み込むタイプもある(図4)

Fig4
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図4 レトロウイルスの生活環
Han et al. Nature Reviews Microbiology 4, 95-106 (2007)

1.3. ウイルスの感染指向性(トロピズム)
ウイルスならどんな細胞にも感染するのかというとそうではない。むしろ感染できる標的細胞の種類は非常に限られていることが多い。代表的なものとしては、神経向性としてポリオウイルスや日本脳炎ウイルス、呼吸器向性としてインフルエンザウイルスやアデノウイルス、皮膚・粘膜向性として単純ヘルペスウイルス、肝臓向性として肝炎ウイルス、リンパ球向性としてエイズウイルスなどが知られている。中には幅広い細胞に感染できるものもあり、麻疹ウイルスや風疹ウイルスなどが良く知られている。

2. ウイルスベクター

ウイルスが持つ病原性に関する遺伝子を取り除き、外来の目的遺伝子を組み込んだ物がウイルスベクターである。細胞レベルから動物個体レベルでの遺伝子機能解析や、ヒトの遺伝子治療への応用が期待される4種類のベクターシステムについて以下に概説する。

2.1. アデノウイルスベクター
人に感染するアデノウイルスは50種類ほどが知られているが、ウイルスベクターとして利用されているのは、主にヒトアデノウイルス5型である。ヒトアデノウイルス5型は小児の風邪を引き起こすウイルスの一種で、約 36kb の2本鎖直鎖状DNAをゲノムとして持つ。カプシドは直系約 80nm の正二十面体構造をとり、エンベロープを持たないウイルスである。ウイルス粒子から突出するファイバータンパク質の先端が細胞表面のレセプター(CAR: coxackie-adeno receptor)に結合して吸着・感染する(図5)


第一世代と呼ばれるアデノウイウイルスベクターは、ウイルス増殖に必須なE1A, E1B領域を目的の遺伝子と置換して作られる。増殖に不必要なE3領域も欠失させることで約7〜8kbの遺伝子を挿入可能である。このような組換えウイルスベクターを E1A, E1B を持続発現する 293細胞 に導入すると、野生型ウイルスと同様にウイルス粒子を増殖させることができ、細胞あたり数千もの粒子を得ることができる。このように作られたアデノウイルスベクターは、次に感染した細胞内では E1A 遺伝子が機能しないために増殖することはできないので、非増殖型アデノウイルスベクターと呼ばれる。一方、特殊な環境下でのみ増殖できるものを制限増殖型アデノウイルスベクターと呼ぶ(例えば E1B55K と呼ばれるタンパク質を欠失させた場合には、p53欠損細胞でしか増殖できない)。


アデノウイルスベクターは細胞毒性や免疫的傷害性が高い欠点を持つが、@多くの細胞種に感染して遺伝子導入できる、A増殖を停止している細胞にも効率良く遺伝子導入できる、B発現効率が非常に高い、C遠心による濃縮が可能、などの利点を有しており汎用性が高い。最近では、アデノウイルスゲノムのほぼ全長を目的遺伝子と置換できるタイプのgutlessもしくはguttedベクターと呼ばれるベクターも開発されており、その場合には 36kb 近いサイズを挿入することができる。さらにウイルス由来のタンパク質が殆ど産生されないために免疫的傷害性についても抑制することができる利点を持つ。ただし高タイターのベクターを高純度で調整することが困難なため、汎用されるには至っていない。

Fig5
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図5 アデノウイルスとその感染機構(阪大・微研・岡田博士提供)

2.2. アデノ随伴ウイルスベクター
アデノ随伴ウイルス(AAV)はパルボウイルス科に属する約 4.7kb の一本鎖DNAウイルスであり、人に感染しても重篤な症状を引き起こさない。エンベロープを持たずにカプシドで形成されており、細胞膜の普遍的成分であるヘパラン硫酸プロテオグリカン (heparan sufate proteoglycan) を認識して感染するため、宿主域は広い。また人に感染すると19番染色体の特定の領域に組み込まれることが知られている。
アデノ随伴ウイルスベクターは両端の ITR (Inverted terminal repeat) にはさまれた Rep(複製や組み込みに関与)とCap(カプシド)を目的遺伝子と置換することで作られる。このベクターをRep, Capを発現するプラスミドと共に293細胞に導入し、さらにアデノウイルスをヘルパーウイルスとして感染させ、核内に蓄積された組換えアデノ随伴ウイルスベクターを調整する。最近ではE1A, E1Bを発現する293細胞にE2A, E4, VAを発現するプラスミドを導入することでヘルパーウイルスを必要としない方法が開発されている。
アデノ随伴ウイルスベクターは、導入できるサイズが4.5kbと小さく、ベクターの調整が困難という欠点を持つが、@非病原性ウイルス由来なので安全性が高い、A神経などの終末分化した非分裂細胞にも遺伝子導入できる、B染色体に組み込まれずにエピソームとして核内に留まるか、もしくはランダムに宿主染色体に組み込まれて長期の発現期待できる、などの利点を有しており注目されている。


2.3. レトロウイルスベクター
レトロウイルスはエンベロープを持つ一本鎖RNAウイルスであり、感染した細胞内で逆転写されて二本鎖DNAとなった後に宿主ゲノムにランダムに組み込まれる(図4)。組み込まれたウイルスDNAは宿主染色体の一部とし子孫細胞に受け継がれる。哺乳類レトロウイルスC型に属するマウスモロニー白血病ウイルス(MoMLV)由来のウイルスベクターが古くから開発され利用されている。MoMLVはアミノ酸トランスポーターを認識して感染しT細胞リンパ腫を引き起こす。
レトロウイルスベクターは両端にプロモーター活性を有するLTR(Long Terminal Repeat)に挟まれた gag(構造タンパク質)、pol(プロテアーゼ、逆転写酵素、インテグレース)、env(エンベロープ)を目的遺伝子と置換して作られる。このベクターを gag, pol, env を恒常的もしくは外来的に発現する293 細胞に一緒に導入すれば、パッケージングシグナルを持つウイルスベクターRNA のみがウイルス粒子に取り込まれ、培養上清中に産生される。詳しい作り方はレンチウイルスベクターの項を参照。
レトロウイルスベクターには、@8〜10kb 程度までの遺伝子を導入できる、Aベクターの調整が容易、B宿主ゲノムに組み込まれるので導入遺伝子が子孫細胞に安定に伝わる、Cエンベロープタンパク質を変換することで宿主域を限定したり広げたりすることもできる、などの利点があり、遺伝子治療分野でも広く汎用されている。しかし分裂増殖していない細胞への遺伝子導入に向いていないという重大な欠点がある。


2.4. レンチウイルスベクター
レンチウイルスベクターはレトロウイルスベクターの一種であるが、潜伏期間が長いという特徴を持つ。代表的なものとしてヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)が知られており、いくつかの修飾遺伝子や制御遺伝子を有するなど通常のレトロウイルスより複雑な構造を取っている。他のレトロウイルスと大きく異なる特徴として、レンチウイルスは分裂していない細胞にも感染して宿主ゲノムにウイルスDNAを導入できる点がある。
代表的なレンチウイルスベクターはHIV-1を基に開発されたものであるが、AIDS(Acquired Immune Deficiency Syndrome)を引き起こす高い病原性に配慮して、安全性を高めるための工夫がなされている。現在では、修飾遺伝子(vif, vpr, vpu, nef)と制御遺伝子(tat, rev)はウイルスベクターから取り除かれている。さらにはLTR 内のプロモーター部分も削除されたSIN (Self INactivating)タイプのベクターが用いられる。結果として約8〜10kb程度までの目的遺伝子を導入することができる。作り方はレトロウイルスベクターと同じであるが、gag, pol, envの他にrevを別プラスミドから供給することで作られる(図6,図7)
レンチウイルスベクターはレトロウイルスベクターの特長に加えて、@細胞分裂していない細胞にも効率良く遺伝子導入できる、A導入遺伝子の発現抑制を受けにくく長期に安定した発現が期待できる (宿主ゲノムに組み込まれたレトロウイルスはメチル化等の種々の影響を受けて遺伝子発現が抑制され易いことが知られている。一方レンチウイルスでは、そのような効果が殆どない。)、という点で優れている。安全性の面から以前は遺伝子組換え実験として P3レベルが要求されていたが、現在では上記のような工夫がなされた増殖力等欠損株であればレトロウイルスベクターと同様に P2レベルでの実験が可能となった。
レトロウイルスと同様にレンチウイルスもエンベロープを置換したシュードタイプのウイルスベクターを作ることで宿主域を変更できる。本来のHIV-1はCD4 陽性の細胞にしか感染できないが、エンベロープをVSV (Vesicular Stomatitis Virus)のG糖タンパク質に変換すれば、基本的に動物種や細胞種を問わずに感染させることが可能である。また VSV-G エンベロープを使って作られたウイルス粒子は物理的に強固であり超遠心による濃縮が容易になっている。

Fig6
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図6 レンチウイルスベクターシステム

Fig7
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図7 レンチウイルスベクターの作り方

3. 個体レベルでの応用

ウイルスベクターは細胞レベルよりもむしろ個体レベルで用いた場合に威力を発揮するが、その際には目的に応じてベクターの特徴を活かすことが重要になる。例えば、大量発現を期待する場合にはアデノウイルスベクターが、長期に安定した発現を期待する場合には AAV ・レトロ・レンチ-ウイルスベクターが優れている。またアデノウイルスベクターは毒性が高く、レトロウイルスベクターは非分裂細胞に不向きであり、AAVベクターには大きな遺伝子を入れることができないなどの欠点も考慮する必要がある。各ウイルスベクターの特徴を表1に示す。
ウイルスベクターを上手く使えば成熟個体の組織や細胞に遺伝子を導入するのではなく、全身の細胞に遺伝子が導入された遺伝子組換え動物を作製することもできる。レトロウイルスベクターを受精卵に感染させるという手法で 1970 年代中ごろに開発されたが、宿主ゲノムに組み込まれたウイルスベクター由来の遺伝子発現が抑制され易いという欠点があった。一方、レンチウイルスベクターを同様に用いた場合には、効率良く遺伝子発現が観察されることが分かった。 DNA を受精卵の前核に直接注入するマイクロインジェクション法に比べて 5−10 倍もトランスジェニック動物の産生効率が高いことから、大型動物などへの応用が期待される。また我々は受精卵ではなく、胚盤胞期の胚に感染させると外側の栄養膜細胞にのみ遺伝子が導入され、結果として胎児に遺伝子導入することなく胎盤のみに遺伝子導入できることを見出している(図8)

Table1
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表1 各種ウイルスベクターの比較(文献1より改変)

Fig8
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図8 レンチウイルスベクターを用いた遺伝子組み換え動物の作製
a: EGFPを発現するための SIN-レンチウイルスベクター
b: 実験の模式図。ウイルス感染のバリアーとなる透明帯をはずした初期胚にウイルスベクターを感染させる。受精卵や2細胞期胚に感染させると、胎児と胎盤の両方に遺伝子が導入される。もう少し発生が進んだ胚盤胞期胚に感染させると、外側の栄養膜細胞だけにウイルスが感染し、結果として胎盤のみに遺伝子発現が見られるようになる。
c-f: 実際に GFP 発現レンチウイルスベクターを感染させて得られた胚および産仔。左:未処理、中:2細胞期胚感染、右:胚盤胞期胚感染。
g: 胚盤胞期に処理して得られた胎令 13 日の胎盤。調べた 81 個のすべての胎盤に導入遺伝子の発現が見られた。
h: 胎盤の切片図。胎児胎盤 (pl) に導入遺伝子の発現が見られ、さらに胎児胎盤の3主要層であるジャイアント細胞層 (gc)、スポンジオトロホブラスト層 (sp)、ラビリンス層 (la)に満遍なく遺伝子導入された。

おわりに

地球上には無数のウイルスが存在しているようにウイルスベクターの可能性も無限である。ここでは汎用される4種類のウイルスベクターについて概説したが、HSV (Herpes Simplex Virus) などを用いた新しいタイプのウイルスベクターの開発も試みられている。いずれのベクターも安全性を高めてあるとは言え、基はウイルスである。それぞれの特徴を良く理解した上で安全に利用することを忘れないで欲しい。

ウェブサイトリファレンス
リファレンス
  • ウイルスを知る/山本直樹・編集/羊土社
  • 遺伝子治療の新展開/谷憲三朗・浅野茂隆・編/羊土社
プロフィール

伊川 正人 ( Masahito IKAWA )

感染動物実験施設・教授


E-Mail ikawa@biken.osaka-u.ac.jp
HP http://kumikae01.gen-info.osaka-u.ac.jp/members/ikawa/index.htm


1992年大阪大学薬学部卒業
1994年日本学術振興会特別研究員 (DC1)
1997年大阪大学大学院薬学研究科博士課程終了
1997年日本学術振興会特別研究員 (PD)
1998年大阪大学遺伝情報実験センター・助手
2000年米国ソーク研究所・博士研究員
2004年大阪大学微生物病研究所・助教授
2007年 大阪大学微生物病研究所・准教授
2012年大阪大学微生物病研究所・教授

趣味 : 夏はスキューバ、冬はスキー、と言っていたのも遠い昔。最近は食べ歩きのた めのジム通い。


Key Word : ウイルス・ベクター・遺伝子・組み換え・治療・動物