病気のバイオサイエンス

大阪大学 微生物病研究所

last up date : 23 July 2004

細胞増殖因子HB-EGF:増殖因子と毒素受容体という二つの顔

目加田 英輔 ( Eisuke MEKADA )

細胞機能分野

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執筆協力者 : 岩本 亮 ( Ryo IWAMOTO )
  細胞機能分野
1. はじめに

 HB-EGFは、EGF受容体(ErbB1)およびErbB4を活性化する細胞増殖因子である。我々の身体の形成や再生過程に必須な働きをしていると同時に、血管狭窄、動脈硬化症、癌などの発症に関わっていると考えられている。EGFファミリーの増殖因子としては、EGFやTGF-αなどが古くから知られているが、最近、中でもHB-EGFの重要性を示唆するデーターが相次いで報告されている。HB-EGFは、他のEGFファミリーの増殖因子と同様に膜結合型蛋白質として合成され、細胞表面において酵素的切断を受け細胞外に分泌される。一方、HB-EGFの膜結合型は、ジフテリア毒素の受容体としても働いている。ジフテリア毒素は、この分子を介して細胞内に侵入し、毒性を発揮する。本稿では、我々の研究を中心に、増殖因子と毒素受容体という二つの異なった顔を持つ分子HB-EGFについて、この分子の持つ生物学的機能と最近のトピックについて解説する。

2. ジフテリア毒素受容体としてのHB-EGF

2-1. ジフテリア毒素

 ジフテリア毒素(5)は、アミノ酸535個、分子量58,348の単純タンパク質である(図1)。このタンパク質にはジスルファイド結合によるループが二つある。この毒素のN末端側のS−Sループ内には、トリプシン等のタンパク分解酵素にsensitive な部位がある。この部位に切れ目が入っている毒素を nicked toxin と呼び、切れ目のない毒素を intact toxin と呼ぶ。nicked toxin を還元剤で処理すると、分子量21,167のフラグメントAと分子量37,199のフラグメントBに分かれる。フラグメントAには、NAD−ADPリボシルトランスフェラーゼ活性があり、真核細胞のペプチド伸長因子(EF−2)をADP−リボシル化する。ADP−リボシル化されたEF−2はその機能を失い、細胞の蛋白合成が停止する。ジフテリア毒素の細胞致死作用は、この働きによる。フラグメントBには、ジフテリア毒素受容体への結合活性と、フラグメントAを細胞質に転送するための疎水性領域が存在する。ジフテリア毒素の結晶構造が明らかにされているが(4)、それによればジフテリア毒素の構造は3つの異なるドメインに分かれていると考えるのが妥当であることを示している。すなわちフラグメントA部分に当たるC(catalytic)ドメイン、フラグメントBの疎水性領域に相当するT(transmembrane)ドメイン、受容体との結合に関与するR(receptor-binding)ドメインで、これらはその蛋白構造だけでなく、機能の面でも分かれている。

 ジフテリア毒素の細胞内侵入は、細胞表面のジフテリア毒素受容体への結合に始まる(図2)。受容体に結合した毒素は、エンドサイトーシスによってエンドソームに取り込まれる。エンドソームの内側は液胞型プロトンATPaseによって酸性になっているが、毒素はこの酸性環境で構造変化を起こし、Tドメインがエンドソーム膜に挿入される。最終的には、フラグメントAがエンドソーム膜を通過して細胞質中に遊離し、そこでEF−2を失活させる。ジフテリア毒素が細胞内に侵入して毒性を発揮するに至るには、上記のそれぞれのステップで宿主細胞側の種々の機構を利用している。そのため、理論的には、それらに関係する因子は全て細胞のジフテリア毒素感受性に影響を与える因子と成り得る。しかし、それらの多くは、細胞が必要な因子として保持しているので、ジフテリア毒素感受性の決定要因として顕在化してくるものはそれほど多くない。


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図1 ジフテリア毒素とそのフラグメント


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図2 ジフテリア毒素の細胞内侵入機構

2-2. ジフテリア毒素受容体


2-2-1. ジフテリア毒素受容体の構造

 ジフテリア毒素受容体に関する解析は、ジフテリア毒素に高い感受性を示すサル腎由来Vero細胞を用いて蛋白レベルの解析が先行していたが(20,21)、1992年、ジフテリア毒素非感受性細胞に感受性を与えるcDNAが同細胞よりクローニングされ(25)、その後急速に進んだ。クローニングされた遺伝子から推定される蛋白質は、膜貫通部位をC末端近くに持ち、膜蛋白質の構造をしており、またホモロジー検索から1991年に見出された新しい細胞増殖因子であるヘパリン結合性EGF様細胞増殖因子(HB-EGF、Heparin-Binding EGF-like Growth Factor)の前駆体と同じであることが解った(8)。この遺伝子がジフテリア毒素受容体そのものをコードしていることは、HB-EGFに対する抗体が蛋白レベルでジフテリア毒素受容体を免疫沈降すること、分泌型HB-EGFがジフテリア毒素と高いアフィニティーで結合することから確認された(12)


 ジフテリア毒素受容体/膜結合型HB-EGF前駆体(DTR/HB-EGF)は、208個のアミノ酸からなるI型の膜タンパク質で、N端から23番目のアミノ酸はシグナル配列、24ー160が細胞外に露出した部分、161ー184が膜貫通部分、185ー208が細胞質側に突出した部分であると考えられている(図3)。細胞外領域には、EGF様ドメインとヘパリン結合ドメインがある。EGF様ドメインは6の保存されたCysを含む構造から成り、増殖因子としての細胞増殖促進活性及びジフテリア毒素受容体としての毒素結合活性は、ともにこの部分に存在する。また、ヘパリン結合ドメインは塩基性アミノ酸がクラスターを成した部分で、DTR/HB-EGFはこの部分でヘパリンやヘパラン硫酸プロテオグリカンと結合するものと考えられている。

 細胞膜に運ばれたDTR/HB-EGFの一部はプロテアーゼにより切断され、分泌型の増殖因子となる。この分泌されたHB-EGFは他のEGFファミリーの増殖因子と同様にEGF受容体(ErbB1)を介して細胞に増殖刺激を伝える。細胞がジフテリア毒素受容体活性を持つことからも判るように、細胞表面に運ばれたDTR/HB-EGFが全て分泌型になるわけではない。実際我々がVero細胞で行った観察では、DTR/HB-EGFの多くは膜型として存在し、それらは分泌されるよりもエンドサイトーシスによってターンオーバーされていくようである(8)。おそらく、細胞は目的に応じて膜型と分泌型を使い分けているように思われるが、ジフテリア毒素受容体という観点から見ると、膜型から分泌型への転換は、ジフテリア毒素結合性の低下ということになる。


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図3 DTR/HB-EGFのドメイン構造

2-2-2. 毒素受容体と細胞のジフテリア毒素感受性

 ジフテリア毒素は、哺乳類全般にわたって強い毒性を示すが、マウス、ラットだけは例外で、これらの動物はジフテリア毒素に比較的高い抵抗性を示す。培養細胞のレベルでもこの関係は保たれており、例えばマウス由来のL細胞のジフテリア毒素感受性はVero細胞のそれに比べると1ー10万分の1である(19)。しかし、L細胞にDTR/HB-EGF遺伝子を導入すると、Vero細胞のレベルまでは達しないが、感受性が著しく上昇する。このことは、マウスやラットではジフテリア毒素受容体が欠損していることを意味しており、細胞のジフテリア毒素感受性に、ジフテリア毒素受容体の有無が極めて大きな影響を与えることを示している。

 しかし、HB-EGFの研究では、ジフテリア毒素受容体を持たないはずのマウスやラットの細胞においてもHB-EGFの発現が認められている(1)。このことは、マウスやラットのHB-EGFがジフテリア毒素結合活性を持たないと考えるとうまく説明できる。実際、マウスやラットの細胞がジフテリア毒素に感受性を示さないのは、HB-EGF分子が欠損しているからではなく、そのEGF様ドメインのアミノ酸が置換されていることによって実質上ジフテリア毒素結合活性を持たないためであることが明らかとなっている(22)


2-3. ジフテリア毒素と受容体の結合に影響を与える分子


2-3-1. DRAP27/CD9

 DRAP27(Diphtheria Toxin Receptor-Associated Protein) は、ジフテリア毒素の細胞への結合を阻害するモノクローナル抗体の抗原として見いだされた分子である(14)。DRAP27はDTR/HB-EGFと細胞膜上でアソシエートしている。抗DRAP27抗体は、DRAP27に結合することによってDTR/HB-EGFとジフテリア毒素の結合を阻害するものと考えられる。DRAP27cDNAのクローニングを行い、その塩基配列を解析した結果、DRAP27は、血小板等に多い抗原として同定されていたCD9のモンキーホモログであることが明らかになった(23)。ちなみにCD9の生理機能については、後に多くの解析がなされ、精子と卵子の融合反応に関係するなど、多彩な生理的役割が明らかにされている(24)。

 ジフテリア毒素の結合におけるDRAP27/CD9の役割は、DRAP27/CD9を発現していないヒトーマウス雑種細胞や、マウスL細胞を用いて解析されている(12,23)。L細胞はジフテリア毒素受容体に加えてDRAP27/CD9も持たない。この細胞にDRAP27/CD9を単独で発現させてもジフテリア毒素の結合は認められないことから、DRAP27/CD9自体にはジフテリア毒素結合活性はないものと考えられる。しかし、DTR/HB-EGFをDRAP27/CD9と共発現させると、DTR/HB-EGF単独の場合より、ジフテリア毒素の結合量が10ー30倍も上昇し、それによって細胞のジフテリア毒素感受性が上昇する。ノーザンブロットによるmRNAの定量結果や細胞表面に発現したDTR/HB-EGFを抗体で定量した実験は、DRAP27/CD9がDTR/HB-EGFの細胞での発現量に影響を与えないことを示しており、DRAP27/CD9の効果はDTR/HB-EGFと複合体を構成することによるものであることを示唆している。なぜDRAP27/CD9がジフテリア毒素の結合をこのように上昇させるのか、それについては未だ十分解明されていないが、おそらくDRAP27/CD9は、DTR/HB-EGFと複合体をつくることで、機能的なジフテリア毒素受容体の形成を促すものと思われる(図4)


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図4 DRAP27/CD9とヘパラン硫酸プロテオグリカンの効果を説明するモデル

 (a) DTR/HB-EGFは単独では細胞膜上で正しい方向に安定して存在することができない。

 (b) DRAP27/CD9がアソシエートするとDTR/HB-EGFは細胞膜上で正しくホールドされて、機能的なDTR/HB-EGFとなる。

 (c), (d) ヘパリンあるいはヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)はDTR/HB-EGFのヘパリン結合部位に結合して、ジフテリア毒素に対するアフィニティーを上昇させる。

2-3-2. ヘパリン様分子

 ジフテリア毒素とジフテリア毒素受容体の結合に影響を与える第2の因子として、ヘパリンやヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)等のヘパリン様分子がある。FGF等のヘパリン結合性の細胞増殖因子では、ヘパリンあるいはヘパラン硫酸が増殖因子の活性発現に重要なことが知られている。DTR/HB-EGFもヘパリン結合性の増殖因子であり、これらの酸性糖鎖はEGF様ドメインに隣接したヘパリン結合ドメインに結合するものと考えられている。我々は、ジフテリア毒素受容体としてのDTR/HB-EGFの活性にヘパリン様分子が必要であるかどうかをヘパラン硫酸の合成が出来ない変異細胞や細胞表面のヘパラン硫酸を分解するヘパリチナーゼ等を用いて解析した(31)。その結果、ヘパリンあるいはヘパラン硫酸がない条件では、ジフテリア毒素の結合量が減少し、ジフテリア毒素感受性も低下することがわかった。大腸菌で合成したリコンビナントHB-EGFとジフテリア毒素のcell freeでの結合実験では、ヘパリンがDTR/HB-EGFに結合するとDTR/HB-EGFのジフテリア毒素に対する結合定数が数倍上昇することが認められている。即ち、DTR/HB-EGFがジフテリア毒素受容体としての機能を最大限に発揮するためにはヘパリン様分子が必要であると考えられる。Vero細胞は、ジフテリア毒素感受性が最も高い細胞の一つであるが、この細胞ではDTR/HB-EGFの発現だけでなく、細胞表面に存在するDRAP27/CD9やHSPGの量も多く、これまでの解析結果とよく一致している。

 ジフテリア毒素はDTR/HB-EGFのEGF様ドメインに結合する(22)。一方、ヘパリン様分子はヘパリン結合部位に付くことによって、DTR/HB-EGFの毒素に対する結合活性を高めるように作用していると考えられる。細胞表面に存在するヘパリン様分子は、通常HSPGの形で存在する。ヘパラン硫酸欠損変異細胞では培地中にヘパリンを添加するとジフテリア毒素結合活性が増加するが、ヘパリン様分子を多く持つVero細胞においてはそのような結合の増加は認められない。DTR/HB-EGFがその機能を最大限に発揮するためには、DRAP27/CD9の他に、これらの酸性糖鎖を持つプロテオグリカンが近傍に存在し、あるいはアソシエートして、機能的複合体を形成している必要があるものと思われる(図4)

3. 細胞増殖因子としてのHB-EGF

 これまで述べてきたように、HB-EGFはその膜結合型前駆体がジフテリア毒素の受容体として機能していることが明らかとなった。しかし、我々の体がわざわざジフテリア毒素のためにその受容体を用意しているわけではない。HB-EGFあるいはその膜型前駆体には、本来我々の身体が生きていくための生理的な役割があるに違いなく、ジフテリア菌はこれを巧妙に利用しているにすぎない。ではHB-EGFの生体における本来の機能とは何であろうか?


3-1. 膜結合型細胞増殖因子の働き方

 近年、膜結合型前駆体として合成されるサイトカインや細胞増殖因子において、膜結合型は分泌型のための前駆体としてあるだけでなく、それ自体が膜結合型増殖因子として働くと考えられるようになってきた(18)。そこで、液性の増殖因子によるシグナル伝達(パラクライン)と区別するために、膜結合型増殖因子によるシグナル伝達様式をジャクスタクラインと呼ぶことが提唱されている(図5)。ジャクスタクラインによるシグナル伝達は、同じ受容体を持った多数の細胞の中から、隣接した標的細胞にのみシグナルを送りうるという利点を持つため、厳密に特定の細胞のみを増殖・分化させねばならない過程で有利であると考えられる。HB-EGFの場合も、他のEGFファミリー増殖因子と同様、膜結合型蛋白質として合成された後、細胞表面においてプロテアーゼによる切断(エクトドメイン・シェディング)を受けて細胞外に分泌され、EGF受容体(ErbB1)またはErbB4と結合し細胞にシグナルを伝達する。しかしその大部分は細胞膜上にとどまり、膜結合型として細胞接着を介したジャクスタクラインに機能していることが予想され、筆者らは、特にHB-EGFの膜結合型としての機能と、膜型から分泌型への転換のメカニズムについて注目し研究を行っている。


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図5 膜結合型増殖因子によるパラクライン様式とジャクスタクライン様式による細胞間情報伝達

 増殖因子が離れた標的細胞にシグナルを送るパラクラインに対し、膜結合型が接着した隣接細胞にシグナルを送る様式をジャクスタクラインと呼ぶ。

3-2. HB-EGF:膜型と分泌型


3-2-1. 分泌型HB-EGF

 前述のように、膜蛋白質として細胞表面に到達した膜型HB-EGFは様々な刺激によってプロテアーゼによる切断を受け、分泌型因子となり、細胞外に放出される(このエクトドメイン・シェディング過程に関しては、後ほど詳しく述べる)。分泌型のHB-EGFはEGF受容体(ErbB1)あるいはErbB4と結合することがわかっている(30)。ErbB1-4の4種類のErbBファミリーはお互いにヘテロダイマーを形成することが知られている(27)ので、HB-EGFはErbB1あるいはErbB4を含んだすべての組み合わせのErbBヘテロダイマーに理論的に結合しうることになる(図6)。このことは、受容体の組み合わせによってHB-EGFが様々なシグナルを、これらを発現する細胞に送りうることになる。分泌型HB-EGFはNIH3T3細胞、平滑筋細胞、上皮細胞、ケラチノサイト、といった様々な細胞種に対して増殖促進活性を持つ(30)。また、ある種の細胞に対しては、増殖促進活性よりも、細胞誘走活性を示す場合もあるが、これには特にErbB4が受容体として働いているという報告がある(7)

 また、HB-EGFはヘパリン様分子と強く結合する性質があり、実際、細胞表面のHSPGとアソシエートすることでそのジフテリア毒素受容体としての活性が上昇することを前述したが、細胞増殖因子としての作用においても、HSPGは分泌型HB-EGFがEGF受容体に作用する場合のco-receptorとしてはたらき、そのシグナルを増強することが報告されている(2)。しかし、ジフテリア毒素受容体としての機能においてみられたように、分泌型HB-EGFの増殖因子としての活性自身にHSPGとのアソシエーションがどのように関わっているのかということに関してはまだわかっておらず、現在筆者らによって研究が進められている。


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図6 ErbB受容体ファミリー間のホモ・ヘテロダイマー形成

 HB-EGFはErbB1とErbB4に結合できるので、理論的にはこれらを含むErbBダイマーはHB-EGFの作用受容体となりうる。

3-2-2. 膜型HB-EGF複合体

 一方、膜型HB-EGFは、単に分泌型の前駆体分子というだけでなく、ジフテリア毒素受容体としての機能以外にも、ジャクスタクライン分子として働いている可能性がある。このことを強く示唆する一つの知見が、膜型HB-EGFと他の膜蛋白質との複合体形成である(26)。膜型HB-EGFにCD9とHSPGがアソシエートしていることは既に述べた通りであるが、この複合体にはインテグリンの一種も含まれていることがわかった。HB-EGFを高発現させた細胞株Vero-Hを用いた免疫共沈実験から、HB-EGF、CD9、インテグリンα3β1のアソシエーションが認められた。また、蛍光抗体法によるVero細胞の観察から、膜型HB-EGF、CD9、インテグリンα3β1は細胞間接着部位に共局在することがわかった。さらにこの部位にはEGF受容体も集積していることが認められ、この部位でシグナル伝達が行われる可能性を示唆している。ジャクスタクライン因子としての膜型HB-EGFは、単に増殖因子単体として存在するのではなく、CD9、細胞接着因子、細胞外マトリックス蛋白質を含んだ機能的複合体として細胞間接着部位に存在し、細胞接着を介した細胞間相互作用に働いている可能性が考えられる(図7)


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図7 膜型HB-EGFと複合体を形成する分子群

3-2-3. 膜型HB-EGF活性

 ではいったい膜型HB-EGFの活性とはいかなるものであろうか?我々は、膜型HB-EGFがジャクスタクライン活性を持つかどうかを検討した(10)。あらかじめホルマリンで固定した膜型HB-EGF発現細胞(LH細胞)と、EGFファミリー増殖因子依存的に増殖するEP170細胞を共培養し、EP170細胞がLH細胞膜に発現した膜型HB-EGF分子の作用によって細胞接着依存的に増殖するかどうかを調べたところ、予期した通り増殖促進が認められた。さらに、LH細胞にCD9を発現させたLCH細胞でジャクスタクライン活性を比較しところ、ジフテリア毒素結合活性の場合と全く同様、CD9はそれ自体増殖促進活性を持たないが、膜型HB-EGFと共に発現させると膜型HB-EGFのジャクスタクライン活性を5ー10倍上昇させることがわかった。

 上記の実験では、膜型HB-EGF発現細胞はホルマリン固定したものを使用している。これは、分泌されるHB-EGFの影響を系から除くためである。しかし、このような実験系では、ホルマリン固定が本来の膜型HB-EGFの生理活性に何らかの影響を与えている可能性を否定できない。そこで次に、膜型HB-EGFの真の生理活性を評価するために、膜型HB-EGF発現細胞を生きたままで用いる実験系を考案した(11)。膜型HB-EGFを安定に高発現するVero細胞(Vero-H細胞)の単層培養上で、EGFRを発現するEGFRリガンド及びIL-3依存性の32D細胞(DER細胞;基本的にEP170細胞と同じ)を接触させながら共培養したところ、予想に反してDER細胞はVero-H細胞上でほとんど増殖せず、さらに培地中にDER細胞が増殖できる充分量のEGFやIL-3を加えておいても、DER細胞の増殖はVero-H細胞との接触によって著しい抑制を受けた。この増殖抑制効果はトランスウェルによって両細胞の接触を阻害した場合や、無毒性変異ジフテリア毒素CRM197を用いたHB-EGF活性阻害によって解除された。さらに、DER細胞のかわりに、EGFRの細胞内領域をエリスロポエチン受容体の細胞内領域のものに置換したキメラ受容体を発現する32D細胞(32D/EGFR-EpoR細胞)の場合、膜型HB-EGFによる増殖抑制を免れた。これらのことから膜型HB-EGFはEGF受容体を介して積極的にDER細胞に対して増殖抑制シグナルを伝達していることがわかった(図8)

 膜型HB-EGFを発現する細胞を固定した場合としない場合とで、なぜ膜型HB-EGFの活性が異なるのか、その理由については明らかとなっていない。しかし、他の研究グループによる別の実験系によっても、膜型HB-EGFが増殖抑制作用を示す例や、あるいは少なくとも分泌型HB-EGFのような増殖促進活性とは明らかに異なる作用を示す、という報告がなされていることから、膜型HB-EGFの活性が分泌型の細胞増殖活性とは異なるものであるということは間違いなさそうである(13)


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図8 HB-EGFの作用様式と活性

 分泌型HB-EGFがEGF受容体発現細胞に対してパラクライン様式ではたらくときは増殖促進作用を示すのに対し、膜型HB-EGFがジャクスタクライン様式ではたらく場合、増殖抑制作用を示す。

3-3. HB-EGFの膜型から分泌型への転換機構

 膜型の生理活性がどうあれ、膜型から分泌型への転換は、ジャクスタクラインからパラクラインへの転換であり、厳密に調節されているものと考えられる。上記の考えに基づき、筆者らはHB-EGFの膜型から分泌型への転換機構について解析してきた。これまでにわかった重要な点をまとめると次のようになる。1)膜型HB-EGFは、細胞膜に運ばれた後、細胞表面で切断される、2)プロテアーゼ阻害剤を用いた実験から、切断するプロテアーゼはメタロプロテアーゼ、特にADAMファミリーが有力である、3)ADAMファミリーに属するADAM9はHB-EGF切断に関与するプロテアーゼの一つであるが、それ以外のメタロプロテアーゼも関わっている、4)切断は細胞表面のプロテアーゼによって偶発的に起こるのではなく、細胞内シグナル伝達系を介して厳密にコントロールされている。

 HB-EGFの切断を誘導するシグナルについてさらに詳しく調べると、三つの独立した調節系の存在が明らかになってきた。一つはG蛋白に共役した7回膜貫通型受容体(GPCR)により仲介される経路である(33)。血清中に含まれるLPAは、LPA受容体を介してRas-Raf-MEK経路を活性化する。この時、Rhoファミリーの低分子量Gタンパク質であるRacを阻害してもLPAによるHB-EGFの切断が抑制されることから、この経路にはRacの活性も必要である。活性化されたMEKはMAPK(ERK)を活性化するか、あるいは直接に、下流の因子をリン酸化して、HB-EGFの切断を促す。二つ目の経路は、PKC-δと膜結合型メタロプロテアーゼADAM9/MDC9が関係する経路で、実験的にはフォルボールエステルによって刺激することができる(16)。Vero細胞で調べた結果、この経路ではRacやMEKの活性化は必要としない。さらに三つ目の経路は、浸透圧ショックや炎症性サイトカインといったストレス刺激によって誘導される経路で、この経路ではp38MAPKの活性化が関係している(32)。この細胞では、おそらくこれら三つの独立した経路で、HB-EGFの切断を制御しているらしい(図9)

 最近、全く別の方向から、HB-EGFの膜型から分泌型への転換(エクトドメイン・シェディング)の重要性を示す証拠が示された。アンギオテンシンIIやトロンビンなどの生理活性物質は、GPCRを介して細胞内にシグナルを伝える。一方、これらの物質には、EGF受容体を活性化して細胞増殖を誘導する作用が、以前から知られており、「トランスアクチベーション」作用と呼ばれてきた。これまで、トランスアクチベーションは、細胞内のシグナル分子間の相互作用で起こる現象と考えられてきたが、最近になってHB-EGFが関与する新たなメカニズムが提唱された(29)。すなわち、トランスアクチベーションは、アンギオテンシンIIやトロンビンが膜型HB-EGFのシェディングを誘導し、生じた分泌型HB-EGFが細胞外からEGF受容体を活性化することによって引き起こされるというものである(図9)。COS細胞の場合、GPCR刺激で遊離されるEGFファミリーの増殖因子はHB-EGFに限られており、トランスアクチベーションにおけるHB-EGFの主導的役割が示唆されている。COS細胞に限らず、HB-EGFのシェディングを介したトランスアクチベーションは、種々の細胞で報告されており、現在この分野の大きなトピックになっている。


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図9 HB-EGFのエクトドメインシェディングに関わる三つの経路

 経路[1](赤)LPA等の生理活性物質はG蛋白共役型リセプター(GPCR)に作用して、Ras-Raf-MEK系を介してHB-EGFのシェディングを誘導する。分泌されたHB-EGFはEGF受容体(RTK)を活性化して(トランスアクチベーション)、再びRas-Raf-MEK系を介してさらにHB-EGFのシェディングを促進すると同時に細胞の増殖や遊走を促す。

 経路[2](青)Vero細胞ではフォルボルエステル(TPA)もPKCdと膜結合型メタロプロテアーゼ(ADAM9)を介して、HB-EGFのシェディングを誘導する。

 経路[3](緑)Vero細胞ではさらにストレス誘導によってp38MAPKを介したHB-EGFシェディング経路も存在する

3-4. HB-EGFの生理的役割とエクトドメイン・シェディング制御の意義

 これまでみてきたように、HB-EGFには膜型、分泌型それぞれの役割があり、これら二つのフォームの転換が非常に複雑かつ厳密な分子的制御を受けていることがわかってきた。しかし、これらはすべて培養細胞を用いた実験から得られた知見であり、実際の生体内で本当にこのようなことがおこっているのかどうか、という保証がなかった。実際の生体内でHB-EGFは何をしているのか?膜型と分泌型という機能分担があるのか?膜型・分泌型の転換の制御が本当に重要なのか?以上の疑問点を、マウス個体で調べるために、筆者らは最近、HB-EGF遺伝子を欠損したマウスや、膜型あるいは分泌型しか生じないような変異HB-EGF遺伝子を持ったマウスを作成し、解析をおこなった(図10)


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図10 変異HB-EGF導入マウスの作製

3-4-1. HB-EGFノックアウトマウスの解析

 まず、HB-EGFの生体内における生理的機能を解析するために、HB-EGFノックアウトマウス(HBdel/del)を作製したところ、HBdel/delマウスは、心室拡張を伴った心機能不全と心臓弁の肥厚を呈した(15)(図11)。これらHBdel/delマウスの心臓における表現型のうち、心筋不全については心筋特異的ErbB2ノックアウトマウス(6,28)のものと、また、心臓弁肥厚についてはEGFR (ErbB1)ノックアウトマウス(3)のものとそれぞれ一致した。そこで、心臓におけるHB-EGFとErbBファミリーとの機能的関連を調べるため、まず、生きた野生型マウスの心臓にHB-EGFを作用させたところ、EGFR以外にErbB2及びErbB4の活性化が認められた。さらに、HBdel/delマウスの心臓においては特にErbB2とErbB4の定常的活性化状態の著しい低下が観察された。これらのことから、HB-EGFによるこれらErbB受容体ファミリーの活性化は、マウスの正常な心臓の発生・機能維持にとって必須であることが明らかとなった。これまで、HB-EGFが作用する受容体はErbBファミリーの中で主にEGFRであると考えられており、またさらに、特に心筋においてErbB2およびErbB4に対するEGFファミリーのリガンドとしては主にHeregulinsが機能していると考えられていたが、今回の発見はこれらの定説をすべて覆すものである。また、HB-EGF以外のEGFRリガンドとして知られているEGF、TGF-α、Amphiregulinなどはこれら三つを同時にノックアウトしてもマイナーな表現型しか呈さないことが知られており(17)、HB-EGFはEGFRリガンドの中でも特に生理的(生命維持的)に重要な増殖因子であることが示唆された(15)


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図11 HHB-EGFノックアウトマウスにおける心臓拡張と心臓弁肥大

 (A), (B) 出生直前(E19.5)および成獣期(6W)の野生型(+/+)およびノックアウトマウス(del/del)の心臓。

 (C), (D) 成獣期(12W)の野生型(+/+)およびノックアウトマウス(del/del)の心臓の組織切片像(HE染色)。

 (E) 心臓の模式図。

 (F), (G) 出生直前(E19.5)の野生型(+/+)およびノックアウトマウス(del/del)の大動脈弁の組織切片像(HE染色)。

3-4-2. HB-EGFエクトドメイン・シェディング異常マウスの解析

 次に、HB-EGFの膜型および分泌型の機能分担と、膜型HB-EGFの切断制御の重要性を調べるため、切断を受けない変異HB-EGF(HBuc)を発現するノックインマウス、あるいは膜貫通部位を欠失させた(即ちエクトドメイン・シェディング過程を経ずに分泌される)分泌型変異HB-EGF(HBΔtm)を発現するノックインマウスをそれぞれ作製・解析し、膜型HB-EGF切断異常が生体へ及ぼす影響について検討を行った(34)

 まず、非切断型ホモマウス(HBuc/uc)では、ノックアウトマウスと同様に心室拡張を伴った心機能不全と心臓弁肥厚が観察された。このことからマウスの心臓弁形成と心筋機能にとって膜型の切断による分泌型HB-EGFの生成が必須であることがわかった。また、HBdel/delマウスの半数以上が生後1週間以内に死亡するのに対し、HBuc/ucマウスの場合比較的長命(約半数が生後約4ヶ月まで生存)であることから、膜結合型HB-EGFが生体内の未同定部位で機能していることも示唆された。

 一方、HBΔtmマウスの場合では、キメラマウスあるいはそのF1ヘテロマウスで、多くの個体が胎生期又は生後すぐに死亡することが観察された。またその表現型の特徴として皮膚・心室の著しい肥厚などの組織の異常な過形成が認められ(図12)、非制御的なHB-EGFの分泌は生体に大きな病的影響を与えることがわかった。

 以上のことから、生体内ではHB-EGFのエクトドメイン・シェディング過程はポジティブにもネガティブにも厳密に制御されており、このステップがHB-EGFの活性発現を制御する重要な機構であることが明らかとなった(34)


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図12 分泌型変異HB-EGF(HBΔtm)マウスにおける皮膚肥厚異常

 (A)-(C) 出生直後(P0)、生後9日(P9)、生後14日(P14)の野生型マウス(WT)およびキメラマウス(Δtm)。

 (D) 生後6日(P6)のヘテロマウス(+/ Δtm)。

 (E) 野生型(+/+)およびキメラマウス(Δtm)の皮膚組織切片像(HE染色)。

4. おわりに

 ジフテリア毒素の解析から始まったHB-EGFの研究であるが、現在の我々の最大の関心事は、HB-EGFが我々の身体においてどのような役割をはたしているのか、病気との関わりはどうか、膜結合型と分泌型という使い分けがあるのか、その転換はどのように制御されているのか、という問題である。最近のHB-EGF遺伝子変異マウスの解析から、HB-EGFの生理的役割や膜型から分泌型への転換制御の重要性などがはっきりしてきた。しかし、筆者らが以前から問題としている膜型HB-EGFの生理機能が何かということや、分泌型が必要な場面で実際に働いているエクトドメイン・シェディング制御の分子機構など、今後さらに解明しなければならないことがまだまだ残されている。また、非切断変異マウスの表現型からみても、同じ分泌型HB-EGFの作用一つをとっても、心筋細胞ではその生存に、心臓弁細胞ではその増殖を負に制御する形で働いているなど、分泌型HB-EGFの作用様式自体も、実は様々な型があることが想像され、これまでの「膜型・分泌型」という二元論的考え方だけでは通用しない可能性も出てきた。これからも、生体内の種々の局面での、HB-EGFという細胞増殖因子の機能様式とその制御機構を深く調べることで、細胞同士がどのようにコミュニケーションをとっているのかということを明らかにしていきたい。

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ウェブサイトリファレンス
プロフィール

目加田 英輔 ( Eisuke MEKADA )

細胞機能分野・教授


E-Mail emekada@biken.osaka-u.ac.jp


1974年山形大学理学部生物学科卒業
1989年久留米大学分子生命科学研究所 教授
2000年現職

趣味 : 鉄道。
 高校生の時は蒸気機関車を追って日本中を旅した。その後のSLブームに嫌気がさして、大学時代は主として飲酒を楽しむ。鉄道旅行は今も細々と続けており、最も最近は磐越西線でD51が牽引する列車に乗車。


Key Word : HB-EGF, 細胞増殖因子、膜結合型細胞増殖因子、CD9、tetraspanin、ジフテリア毒素、ジフテリア毒素リセプター