透明帯通過に働く精子膜タンパク質を発見(伊川研がPNASに発表)
大阪大学微生物病研究所の藤原祥高 招へい准教授(現在:国立循環器病研究センター室長)、伊川正人 教授らの研究グループは、ウィーンバイオセンターのAndrea Pauliグループリーダーらとの国際共同研究により、精子膜タンパク質SPACA4が受精過程のひとつ、精子の透明帯通過に必要であることを世界で初めて明らかにしました。
これまでの研究から、魚類のSPACA4は卵子膜上に存在し、受精における種特異性(※1)を制御する分子であることが明らかにされています(Herberg et al. Science, 2018)。その一方で、哺乳類のSPACA4は卵子ではなく精子に発現することは知られていましたが(図1)、その機能は分かっていませんでした。また、受精過程のひとつである精子の透明帯(※2)通過に関与する分子についても、マウスでは見つかっていませんでした。
今回、研究グループは、脊椎動物(※3, 魚類から哺乳類)での進化上の変遷に着目し、ゲノム編集(※4)マウスを開発することで、哺乳類のSPACA4が精子の透明帯通過に重要な役割を持つことを明らかにしました(図2)。受精時の透明帯には、異種の精子だけでなく同種の精子が多く侵入しないようにブロックする機構やウイルスなどの異物の侵入を防ぐ役割もあります。今後は、魚類と同様に哺乳類でも透明帯通過というハードルがどのように種特異性を規定しているのかを今回発見したSPACA4を手掛かりに明らかにすることが課題です。これらの研究成果が男性不妊症の検査・診断法の確立や治療、そして男性避妊薬の開発に繋がることが期待されます。
わが国では、約6組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けており、不妊症は社会問題のひとつになっています。その原因の約半数は男性側にあることから、不妊症の原因遺伝子の同定と分子メカニズムの解明が喫緊の課題です。今回発見したSPACA4が男性不妊の新たな原因遺伝子として検査・診断の対象となり、治療薬や避妊薬の開発に繋がることが期待されます。また、生物学的観点からもSPACA4の発現パターンは非常にユニークであり、およそ4億年にも及ぶ魚類から哺乳類への脊椎動物間の進化と遺伝子保存について一石を投じる発見と位置付けられます。
本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、PNAS)」に、9月24日(金)にオンライン公開されました。
タイトル:The conserved fertility factor SPACA4/Bouncer has divergent modes of action in vertebrate fertilization
著者名:Yoshitaka Fujihara*, Sarah Herberg*, Andreas Blaha, Karin Panser, Kiyonori Kobayashi, Tamara Larasati, Maria Novatchkova, Hans-Christian Theußl, Olga Olszanska, Masahito Ikawa# and Andrea Pauli# (*筆頭著者, #責任著者)
用語説明
※1 種特異性
形態や機能など、特定の生物種にだけ共通するが、他の種は持ち合わせていない特徴・性質。
※2 透明帯
卵子の細胞膜を取り囲む糖タンパク質。卵巣内では卵子の形成や成熟に働き、受精時は多精子受精や異物(異種の精子やウイルスなど)の侵入を防ぐ役割を担っている。哺乳類では透明帯と呼ばれているが、その他の脊椎動物では卵被膜などと呼ばれている。
※3 脊椎動物
動物分類のひとつ。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類で構成され、およそ5億年前にはすでに出現していたと言われている。
※4 ゲノム編集
ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。2020年に、その代表であるCRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)の開発者へノーベル化学賞が与えられた。