精子ミトコンドリア鞘形成の分子メカニズムを解明(伊川研がPNASに発表)

大阪大学 微生物病研究所の嶋田 圭祐 助教、伊川 正人 教授らの研究グループは、ベイラー医科大学(米国)のMartin M. Matzuk(マーティン M. マツク)教授らとの国際共同研究により、ARMC12(※1)がミトコンドリア鞘(※2)形成に必須のタンパク質であり、精子ミトコンドリアダイナミクス(※3)を制御していることを世界で初めて明らかにしました(左図1)。

これまで精子に特徴的な構造であるミトコンドリア鞘がどのようなメカニズムで形成されているのかは殆ど分かっていませんでした。今回、研究グループは、マウスのArmc12遺伝子をゲノム編集技術により改変することで、ARMC12が精子ミトコンドリアダイナミクスを時空間的に制御することでミトコンドリア鞘形成を可能にしていることを解明しました。これにより、不妊治療や男性避妊薬の開発などへの応用が期待されます。

 

ヒトを含む哺乳類では雌性生殖器内に射出された精子は、卵が待つ卵管膨大部までの長い距離を泳いでいく必要があります。精子は形態学的に頭部と鞭毛(中片部・尾部)に分類され(図2左)、中片部にはミトコンドリアがらせん状に巻きついて「ミトコンドリア鞘」と呼ばれる構造を作ります(図2中央)。ミトコンドリア鞘は、構造として大切であり、精子が子宮-卵管接合部を通過する際や、卵と受精する際の一助となっていますが、このミトコンドリア鞘がどのような分子メカニズムで形成されているかは殆ど分かっていませんでした。

 

図2.マウス精子及びミトコンドリア鞘の構造

精子は頭部と鞭毛(中片部・尾部)に分類される(左)。中片部にはミトコンドリアがらせん状に巻き付いており、「ミトコンドリア鞘」と呼ばれる構造を形成している(中央)。中片部においてミトコンドリアは微小管及び外側緻密繊維の外側に巻き付く(右)。

 

伊川教授らの研究グループは、ミトコンドリア鞘形成に関わる遺伝子を明らかにするためにKOマウスを用いたin vivoスクリーニング試験(※4)をおこない、その結果、ARMC12を欠損させたマウスは雄のみ不妊となり、精子のミトコンドリア鞘形成に異常が生じることを発見しました(図3及び4)。さらに本研究ではARMC12の機能を解析し、ARMC12にはミトコンドリアを凝集させる機能があり、ミトコンドリア間の接着因子として働いていること、TBC1D21(※5)を介してVDAC(※6)などの複数のタンパク質と相互作用することでミトコンドリア外膜に局在できることを明らかにしました。

これらのことからARMC12は精子ミトコンドリア鞘形成において中心的な働きをしており、精子ミトコンドリアダイナミクスを制御していることが明らかになりました。これは今まで解明されてこなかった精子ミトコンドリア鞘を形成する分子メカニズムの一端を明らかにすることになった初めての成果と言えます。

 

図3.ARMC12欠損マウスの精子

ARMC12欠損精子では赤色で示すミトコンドリアの局在に異常が生じている。核(頭部)を青色で示している。

 

図4.ARMC12欠損精子におけるミトコンドリア鞘の形成過程

正常のマウス精子では球状のミトコンドリアが鞭毛周辺に四重らせん状に整列し(左上)、各々のミトコンドリアは鞭毛に対して垂直に伸長して格子構造を形成する(中央上)。さらにミトコンドリアは伸長することで鞭毛周囲にタイトに巻き付きミトコンドリア鞘を形成する(右上)。ARMC12欠損精子ではミトコンドリアの整列に異常はないものの(左下)、伸長する際に自由に伸長してしまい(中央下・矢印)、その後もミトコンドリアは伸長するものの鞭毛周囲に巻き付けず、異常なミトコンドリア鞘が形成される(右下)。

 

本研究成果により、ミトコンドリア鞘形成メカニズムのさらなる解明が期待されますが、このメカニズムが解明されることは社会問題の1つとなっている不妊症の原因解明につながることや、現在までにあまり普及していない男性避妊薬のターゲット分子の発見につながることから、不妊治療や男性避妊薬の開発などへの応用が期待されます。

 

本研究成果は、2021年2月2日(火)6時(日本時間)に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“ARMC12 regulates spatiotemporal mitochondrial dynamics during spermiogenesis and is required for male fertility”

著者名:Keisuke Shimada, Soojin Park, Haruhiko Miyata, Zhifeng Yu, Akane Morohoshi, Seiya Oura, Martin M. Matzuk and Masahito Ikawa.

 

用語説明

※1 ARMC12

精巣特異的に発現するタンパク質で、これまで精巣における機能は明らかにされていなかった。Armadillo repeat containing 12の略。

 

※2 ミトコンドリア鞘

成熟精子の中片部では鞭毛周辺にタイトにミトコンドリアが巻き付いている。これが鞘のように見えることからミトコンドリア鞘と呼ばれる(図2中央)。

 

※3 精子ミトコンドリアダイナミクス

ミトコンドリアは形態をダイナミックに変化させる動的な細胞小器官であり、一般的にミトコンドリアダイナミクスというとミトコンドリアの分裂と融合を指すことが多い。精子ミトコンドリアダイナミクスは一般的な細胞で見られる糸状のミトコンドリアが協調して形態を変化させ、最終的にミトコンドリア鞘を完成させるまでのダイナミックな変化を指す。ミトコンドリア鞘形成までにミトコンドリアは内部構造の変化や外部構造の変化(図4)を目まぐるしくおこなう。

 

※4 KOマウスを用いたin vivoスクリーニング試験

任意の遺伝子の機能を明らかにするために、その遺伝子を欠損させたKOマウスを作製して、その表現型を観察することで任意の遺伝子の機能を解析する方法。2020年にノーベル賞を受賞した「ゲノム編集」を利用することで迅速にKOマウスを作製することが可能になったため、簡便におこなえるようになった。

 

※5 TBC1D21

TBC (Tre-2/Bub2/Cdc16)ドメインを有するファミリータンパク質の1つでTBC1 domain family, member 21の略。マウスでこのタンパク質が欠損するとARMC12欠損と同様にミトコンドリア鞘形成に異常が生じることを本研究で明らかにした。

 

※6 VDAC

ミトコンドリア外膜に広く存在するチャネルタンパク質。Voltage-dependent anion channelの略。

 

  • 図1.精子形成期におけるARMC12の機能 ARMC12はVDACタンパクなどとの結合によりミトコンドリア外膜に局在し、精子ミトコンドリアが鞭毛に巻きついて、ミトコンドリア鞘を形成できるように時空間的に制御している。ARMC12が欠損してしまうとミトコンドリアは自由に伸長してしまい、鞭毛に巻き付けなくなり、ミトコンドリア鞘は形成できなくなる。