血管内皮細胞の自己防御機構を解明(高倉研がDev. Cell誌に発表)

情報伝達分野 内藤 尚道助教、高倉 伸幸教授らの研究グループは、血管の内腔を覆う血管内皮細胞が、腸内細菌や炎症によって分泌が誘導される炎症性サイトカインから自分自身を守り、「細胞死」を防ぐ仕組みを明らかにしました。

これまで、血管内皮細胞に自分自身を積極的に守る仕組みが存在することは知られていませんでした。本研究成果により、血管を正常に保つための仕組みの一端が明らかになるとともに、血管を壊すことが治療に結び付くがんなどに対しては、新たな治療法の開発につながることが期待されます。

 

血管は全身に張り巡らされ、血液を全身に送り、生命の維持に必須の役割を果たしています。血管は内腔を覆う血管内皮細胞と、その周囲を取り囲む壁細胞から構成されています。血管内皮細胞は血管の構成要素となるだけでなく、血液と組織が酸素や栄養素などの物質交換を行う場として働き、さらには様々な生理活性物質を産生して組織や臓器の機能を維持する働きがあります。また、組織に損傷や炎症などの異常が生じた際には、その部位に炎症細胞を動員することで、組織の修復を促進します。この過程で、血管内皮細胞は、炎症性サイトカインの一つであるTNFαにより活性化されて、炎症細胞の血管外への遊走を助け、正常に炎症反応を惹起する役割を担っています。このTNFαは多彩な機能を持つ因子として知られ、細胞の種類によっては、「細胞死」を誘導することが知られています。しかし、これまでどのようにして内皮細胞がTNFαによって誘導される「細胞死」から逃れているか分かっていませんでした。本研究ではTAK1という分子に着目して、血管内皮細胞が如何にして「細胞死」を逃れ、血管の機能を保っているのか、そのメカニズムの解明を目指して研究に取り組んできました。

 

TAK1は、これまでに胎生期に血管が正常に発達するために重要であることが知られていましたが、成体の血管における機能は不明でした。そこで成体の血管、特に血管の内腔を覆う血管内皮細胞におけるTAK1の機能解析を行うため、全身の血管内皮細胞でタモキシフェンという薬剤を投与したときにのみTAK1遺伝子を欠損させることができるモデルマウス(以降このモデルマウスをTAK1ECKOマウスと呼ぶ)を作製して解析を行いました。

TAK1ECKOマウスにタモキシフェンを投与し血管内皮細胞のTAK1遺伝子を欠損させると、驚くことに薬剤投与後わずか11日で、すべてのマウスが著明な貧血を伴い死亡することが分かりました。このマウスの全身の血管を調べた結果、腸と肝臓の血管が崩壊し、出血を起こすことが死因であることが分かりました(図1)。成体の血管内皮細胞のたった1つの遺伝子を欠損するだけで、急激に個体の死を引き起こすという現象は、これまでほとんど知られていませんでした。詳細にそのメカニズムを調べると、血管内皮細胞がアポトーシスという細胞死を起こすことにより、血管の構造が崩壊して出血することが分かりました。

 

では、なぜ全身の血管内皮細胞でTAK1を欠損させているにも関わらず、腸と肝臓の血管だけが崩壊するのか原因を調べました。その結果、この2つの部位の血管内皮細胞の細胞死には、腸内細菌が関与しているとの結果が得られました。腸では、常在する腸内細菌が免疫細胞を刺激して、炎症性サイトカインTNFαの分泌を促しています。血管内皮細胞のTAK1がないと、このTNFαにより腸の血管内皮細胞は細胞死を起こし、血管が崩壊して出血することが分かりました(図2と概要の図)。肝臓の血管内皮細胞も同様に、腸内細菌によって肝臓の免疫細胞が活性化し、TNFαが分泌されることで細胞死が生じていました。これは見方を変えると、腸内細菌から腸と肝臓の血管を守る仕組みであり、腸内細菌と共生するために必要なメカニズムだと考えられます。

 

腸と肝臓以外の部位では、血管内皮細胞のTAK1がなくても通常は異常を認めませんでしたが、肺炎や筋炎などで炎症が生じてTNFαが分泌されると、腸や肝臓と同様に、血管の崩壊と出血が起こりました(図3)。血管内皮細胞のTAK1は炎症が生じた際、血管を壊さずに正常に炎症反応を引き起こさせ、血管を守るために必要であることが分かります。

 

本研究結果を応用すると腫瘍の治療につながることが期待できます。腫瘍の増大には、栄養を届ける血管が必要で、腫瘍の増大とともに新しく腫瘍血管が形成されます。腫瘍血管内皮細胞のTAK1を阻害すると、腫瘍血管内皮細胞は細胞死を起こし、腫瘍血管も崩壊します。腫瘍血管が壊れると腫瘍細胞に栄養が届かなくなり腫瘍細胞も死ぬため、この「血管の防御機構」を標的とすることで、腫瘍に対する新たな血管阻害療法の開発につながることが期待されます(図4)。

 

本研究の結果により、血管を防御する機構が初めて明らかになりました。この機構は腸内細菌とヒトが共生するために必須のメカニズムであり、怪我や感染症などで炎症が生じた際に、正常に炎症反応を引き起こさせるために必要な仕組みでもあります。今後、老化や生活習慣病における血管障害のメカニズムの解明にもつながることが期待されます。また、がんに対する新たな治療標的となることも期待されます。

 

本研究成果は、2019年1月10日(木)午前11時(米国東部時間)に米国科学誌「Developmental Cell」(オンライン)に掲載されました。

TAK1 Prevents Endothelial Apoptosis and Maintains Vascular Integrity

Hisamichi Naito*, Tomohiro Iba, Taku Wakabayashi, Ikue Tai-Nagara, Jun-ichi Suehiro, Weizhen Jia, Daisuke Eino, Susumu Sakimoto, Fumitaka Muramatsu, Hiroyasu Kidoya, Hiroyuki Sakurai, Takashi Satoh, Shizuo Akira, Yoshiaki Kubota, Nobuyuki Takakura*

* Corresponding authors.

  • TAK1蛋白による血管内皮細胞の維持機構 血管内皮細胞はTAK1蛋白を発現することで、炎症反応や腸内細菌による刺激から自身を守り、生存することができる。TAK1蛋白がないと、細胞死が起こり、結果的に血管の崩壊と出血をきたし個体の死を招く。