熱帯熱マラリア原虫による免疫の抑制機構を解明(荒瀬研共同研究成果、Natureに掲載)

2020年7月14日

研究成果

大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの迫口瑛史 大学院生、荒瀬尚 教授らの研究チームと英国オックスフォード大学のHiggins教授らの研究チームとの国際共同研究により、ヒトに感染する熱帯熱マラリア原虫が免疫応答を抑えて重症化を引き起こす分子構造を解明しました。

 

結核、エイズと並ぶ世界三大感染症*1のひとつであるマラリア*2は、感染しても十分な免疫が獲得されず何度も感染することから、マラリア原虫には我々の免疫システムから逃れるメカニズムが存在すると考えられます。本研究グループは、以前に、熱帯熱マラリア原虫*3のRIFIN*4というタンパク質が、感染したヒトの赤血球上に発現し、免疫応答を抑制するLILRB1* 5という受容体に結合し重症化を引き起こすことを発見しました(図1)

figure 1

図1熱帯熱マラリア原虫による免疫抑制機構

熱帯熱マラリア原虫のRIFINというタンパク質は、LILRB1という免疫抑制化受容体を介して免疫応答を抑え、その結果、重症マラリアを引き起こす(Saito et al. Nature 2017)

 

RIFINによるLILRB1を介した免疫抑制化の分子機構を解明することは、マラリア重症化のメカニズムの解明や治療法の開発のために重要です。今回、RIFINのLILRB1が結合した際の構造を解析することにより、RIFINによるLILRB1を介した免疫抑制機構を解明しました。特に、マラリア原虫のRIFINがヒトのMHCクラスI分子を模倣することでLILRB1を介して免疫応答を抑制していることが判明しました(図2

figure 2

図2 RIFINとLILRB1との結合構造
RIFIN(左)はMHCクラスI分子(右)と同様な構造をとりLILRB1に結合していることが判明した

 

本研究によって、マラリア原虫には抑制性の免疫受容体(抑制化受容体)を利用して免疫応答を抑えるという新たなメカニズムの構造学的基盤が明らかになりました。本研究成果は、今後、予防効果の高いマラリアワクチンや治療薬の開発に大きく貢献することが期待されます。

 

 

本研究成果は2020年7月11日(日本時間)にNature誌オンライン版に掲載されました。

タイトル: Structural basis for RIFIN-mediated activation of LILRB1 in malaria

著者: Thomas E. Harrison, Alexander M. Mørcha, James H. Felceb, Akihito Sakoguchi, Adam J. Reide, Hisashi Arase, Michael L. Dustin and Matthew K. Higgins.

 

 

用語説明

*1: 世界三大感染症

マラリア・結核・エイズ

*2: マラリア

マラリア原虫によって引き起こされる感染症

*3: 熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)

ヒトに感染するマラリア原虫のうち、最も重症度が高く、患者数、死者数の多い原虫

*4: RIFIN

熱帯熱マラリア原虫のrif(repetitive interspersed family)遺伝子にコードされるタンパク質で類似するタンパク質が約150種類存在する。

*5:  LILRB1

免疫細胞の活性化を抑制する受容体のひとつで、通常は主要組織適合性複合体(MHC)クラスIと結合し、免疫細胞が自己の細胞を攻撃するのを防いでいる。ヒトサイトメガロウイルスもLILRB1を介して免疫応答を抑制するウイルス分子(UL18)を持っていることが報告されている。また、腫瘍細胞もLILRB1を介して免疫応答を抑えることから、新たなチェックポイント阻害剤の標的分子としても注目されている抑制化受容体である。

 

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