生体防御研究部門  免疫化学分野/荒瀬研究室

我々の免疫系は感染症から体を守るための生体防御機構であり、宿主の免疫系から逃れようとする病原体との攻防により進化してきました。一方、病原体を攻撃するための免疫機構の異常によって自己免疫疾患やアレルギー疾患等の様々な疾患が生じます。

免疫化学研究分野では、免疫系の機能分子と病原体との相互作用の解明を通じて、なぜ自己免疫疾患が発症したり感染症が重症化したりする分子機構の解明を行なっています。

MHCと自己免疫疾患

自己免疫疾患は、自分自身の組織や細胞に免疫反応が起きてしまうことで引き起こされる疾患です。MHC(Major Histocompatibility Complex、ヒトではHLA, Human Leukocyte Antigen)は免疫応答の中心分子である一方、自己免疫疾患の発症に最も強く影響する宿主遺伝子でもあります。従って、MHCがどのように疾患発症に関与するかを解明することは、自己免疫疾患の原因解明、そして、治療薬開発に非常に重要です。免疫化学研究室では、MHCを介した自己免疫疾患の発症機構に関して、独自の新たな分子機構を提唱しております(図1)。通常MHCは、病原体由来のペプチドと結合して細胞表面に輸送し、リンパ球のT細胞に提示して免疫反応を引き起こします。ところが、MHCが細胞内で正常に折りたたまれなかったミスフォールドタンパク質を結合して細胞表面に提示すること、さらにこのMHCとミスフォールドタンパク質の複合体が、正常抗原(セルフ)とは異なる「ネオセルフ」として自己免疫応答を誘導することを発見しました。MHCがミスフォールドタンパク質に結合しやすい型をしている自己免疫疾患の患者さんでは、ウイルス感染などによって誘導されたMHCがミスフォールトタンパク質と複合体を形成し、その結果、自己抗体の産生がおこり病態が現れると考えられます。現在はこのようなMHCの機能異常を引き起こすウイルス感染の解明や自己免疫応答を誘導する詳細な分子機構を次世代シークエンサー、質量分析、CRISPRライブラリー、遺伝子改変マウス等の最新の手法を用いて研究しております。当研究室による自己免疫疾患の新たな分子機構の発見により、自己免疫疾患の原因解明、さらには、疾患原因を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。

感染症の重症化機構の解明

同じ病原体に感染しても、軽い症状しか見られない人がいる一方、重症化する人もいます。従って、感染症による重症化機構の解明は、感染症対策としても非常に重要になります。免疫細胞は、抑制化レセプターと活性化レセプターという相反する機能のレセプターがペアになっているペア型レセプターを発現しています。抑制化レセプターはMHC分子などの自己分子を認識し、自己成分を攻撃することがないよう免疫反応を抑制します。病原微生物はこれを利用して、MHC様分子等を発現して宿主の免疫系を抑制し、宿主内で生き残る術を獲得しました。一方、活性化レセプターは抑制化レセプターと構造は酷似していますが、自己分子の認識はせず、その機能についての多くは不明でした。免疫化学研究分野では、この活性化レセプターが、ウイルスのニセMHC分子を認識したり、細菌プロテアーゼによって分解された抗体を認識したりして免疫反応を誘導することを見出しました。これは抑制化レセプターを利用して免疫反応を抑制する病原微生物に抵抗するために宿主側が獲得した対抗戦術と考えられます。これらのペア型レセプターには個人差があるため、これらの受容体と病原体の相互作用が重症化に関与していると考えられます(図2)。また、新型コロナウイルス感染症のように成人になってから感染すると重症化しやすい感染症や逆に子供の方が重症化しやすい感染症がありますが、そのメカニズムは明らかでありません。新型コロナウイルス感染症に関しては、これまで感染防御に関与していると考えられてきた抗体の中に、逆に感染性を高める抗体も存在することを発見しました(図3)。このように当研究室では、ペア型受容体や病原体に対する免疫応答等がどのように感染症の重症化に関与しているかについて様々な角度から研究を行なっております。これらの研究により、感染症による重症化予防ばかりでなく効果的なワクチン開発に貢献できると考えております。

  • 図1:ミスフォールド蛋白質/MHCクラスIIネオセルフ複合体による新たな自己免疫疾患発症機序 細胞内のミスフォールド蛋白質はMHCクラスII分子と会合すると、MHCクラスII分子によって分解されないまま細胞表面に輸送される。さらに、それが「ネオセルフ」として自己免疫疾患の発症に関与している (Jin et al. Science Advances 2022)。

  • 図2:熱帯熱マラリア原虫の免疫逃避機構 抑制化レセプターは免疫応答の制御に重要な機能を担う一方、病原体は抑制化レセプターを利用した免疫逃避機構を獲得してきた。本研究室では、熱帯熱マラリア原虫の免疫逃避機構を解明し、それがマラリアの重症化に関わっていることを明らかにした (Saito et al. Nature 2017; Harrison et al. Nature 2020)。

  • 図3:新型コロナウイルスに対する感染増強抗体 これまで、ウイルスに対する抗体は中和抗体として感染防御に重要な機能を担っていると考えられてきた。しかし、新型コロナウイルスに感染した患者さん由来の抗体を解析することにより、ウイルスに対する抗体の中には、ウイルス分子の構造を変化させ感染性を高める抗体も存在することが判明した。従って、ウイルスに対する抗体応答を検討する場合は、これらの感染性を高める抗体の影響を検討する必要がある (Liu et al. Cell 2021)。

メンバー

  • 教授: 荒瀬 尚(兼)
  • 准教授: 香山 雅子(兼)
  • 助教: 金 暉
  • 特任助教: 岸田 一輝

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最近の代表的な論文

  • (1) Abrogation of self-tolerance by misfolded self-antigens complexed with MHC class II molecules. Jin et al., Science Advances (2022) 8:eabj9867
    (2) An infectivity-enhancing site on the SARS-CoV-2 spike protein targeted by antibodies. Liu et al., Cell (2021) 184:3452-3466
    (3) Immune evasion of Plasmodium falciparum by RIFIN via inhibitory receptors. Saito F., et al., Nature (2017) 552:101–105.
    (4) LILRA2 is an innate immune sensor for microbially cleaved immunoglobulins. Hirayasu K., et al., Nature Microbiology. (2016) 6:16054. doi: 10.1038/nmicrobiol.2016.54.
    (4) Neutrophil infiltration during inflammation is regulated by PILRα via modulation of integrin activation. Wang J., et al., Nature Immunology (2013) 14:34-40.
    (6) PILRα is a herpes simplex virus-1 entry co-receptor that associates with glycoprotein B. Satoh T., et al., Cell (2008) 132:935-44.