べん毛を介した百日咳菌の宿主感知システムを発見(堀口研がSci.Adv.誌に発表)

分子細菌学分野の平松征洋助教、堀口安彦教授(感染症総合教育研究拠点兼任)らの研究グループは、百日咳菌がべん毛※1を介して宿主細胞を感知して病原因子の発現を亢進することで、宿主内での定着を増強することを明らかにしました。

 

研究成果のポイント

・百日咳菌のべん毛が宿主細胞膜上のガングリオシドと結合し、べん毛の回転運動が停止することで、small RNA(sRNA)※2の一つBpr4の発現亢進を誘導するシグナル伝達システムが作動することを発見した。

・Bpr4は、百日咳菌の主要な定着因子である繊維状赤血球凝集素(FHA)の発現を亢進し、感染効率を向上させることを明らかにした。

・本成果により、べん毛を介した病原性発現機構を標的とした百日咳菌の感染制御法の開発に繋がることが期待される。

 

研究の背景

百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)がヒトの気道に感染することによって起こる、特徴的な激しい咳発作を伴う呼吸器感染症です。本症は1950年代に始まるワクチンの開発・普及によって制御されていましたが、近年では、ワクチンが広く普及した先進国においても患者数が増加しており、いわゆる再興感染症の一つに挙げられています。百日咳の治療にはマクロライド系抗生物質が第一選択薬として使用されますが、近年、我が国を含む世界各国でマクロライド耐性百日咳菌の分離が報告されていることから、百日咳の感染を制御する新たな方法の開発が望まれています。

 

本研究の内容

百日咳菌を栄養豊富な培地中で人工的に生育した場合と宿主に感染させた場合では、病原因子を含む様々な遺伝子の発現パターンが異なることが複数のグループにより報告されていました。私たちもこれまでに、宿主感染時に発現量が増加する複数のsRNAを同定してきましたが(Hiramatsu et al., Microbiol Immunol. 64:469-75, 2020)、これらのsRNAの発現量が宿主感染時に増加するメカニズムやsRNAが百日咳菌の病原性・感染性に与える影響は明らかにされていませんでした。本研究では、百日咳菌の産生するsRNAの一つBpr4(B. pertussis sRNA 4)の宿主感染時における発現増加が以下のシグナル伝達経路を介して誘導されることを突き止めました。(1)百日咳菌が宿主細胞に接着すると同時にべん毛の成分であるフラジェリンが宿主細胞膜上のガングリオシドと結合することでべん毛の回転が阻害される。(2)べん毛の固定子(MotAB)がべん毛複合体から離れて百日咳菌の細胞内膜上で拡散する。(3)MotAは細胞内膜に局在するジグアニル酸シクラーゼ(DgcB)に結合してこれを活性化することで、cyclic di-GMPの合成を亢進させる。(4)cyclic di-GMP依存的に機能するRisK/RisA二成分制御系を介してBpr4の発現量が増加する。さらに、Bpr4は、RNAシャペロンであるHfqの存在下でFHAをコードするmRNAの5’非翻訳領域に結合し、RNaseEによる当該mRNAの分解を抑制することでFHAの発現量を増加させ、百日咳菌の宿主への感染を促進させることを明らかにしました(図)。

本研究により、べん毛を介した宿主感知・病原性発現制御機構が明らかとなったことで、べん毛による宿主感知を標的とした百日咳菌の新たな感染制御法の開発に繋がることが期待されます。また、多くの病原細菌がべん毛を産生することが知られていますので、本成果は、様々な細菌感染症対策に役立つ可能性を秘めています。

 

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」オンライン版に2022年12月22日(木)午前4時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Interference of flagellar rotation up-regulates the expression of small RNA contributing to Bordetella pertussis infection”

著者名:Yukihiro Hiramatsu, Takashi Nishida, Dendi Krisna Nugraha, Mayuko Osada-Oka, Daisuke Nakane, Katsumi Imada, Yasuhiko Horiguchi

 

用語説明

※1 べん毛

細菌の運動器官であり、モーターの回転運動によりべん毛繊維がスクリューのように働くことで細菌は遊泳することができる。

 

※2 small RNA(sRNA)

タンパク質に翻訳されないnon-coding RNAの一種であり、標的となるmRNAと結合してタンパク質の翻訳を制御している。

  • 図. 宿主細胞に接着した百日咳菌におけるBpr4とFHAの発現増加メカニズム A)正常に回転しているべん毛では、MotABはべん毛複合体に組み込まれている。 B)フラジェリンがガングリオシドと結合することでBpr4の発現亢進に繋がるシグナル伝達システムが作動し、百日咳菌の宿主内での定着が増強される。