精子鞭毛の形成に必須な分子を発見(伊川研がAJHGに発表)

遺伝子機能解析分野の研究グループらは精子鞭毛の形成に必須な分子を発見しました。復旦大学、南京医科大学、安徽医科大学、厦門大学、Institut Cochin、フランス国立科学研究センター、パリ大学、パリ公立病院連合、グルノーブル・アルプ大学、グルノーブル・アルプ大学病院センター、Eurofins Biomnisとの国際共同研究です。

 

日本を含む先進諸国では6組に1組のカップルが不妊に悩んでいると言われ、その半数は男性に起因します。男性不妊の原因の1つとして精子鞭毛の形成不全 (MMAF, Multiple Morphological Abnormalities of the Sperm Flagella) (図1) が挙げられますが、その発症機構については不明な点が多いです。本研究では、MMAFの患者257名の全エクソーム解析(*1)を行い、3名の患者でDNAH8の変異を同定しました。DNAH8は単細胞生物から哺乳類まで広く保存されており、鞭毛の運動に関わるダイニン(*2)を構成するタンパク質です。今回の結果はDNAH8が鞭毛の運動だけでなく形成にも関与していることを示しています。

 

DNAH8の機能を詳しく調べるために、Dnah8を破壊 (ノックアウト) したマウスの作製も行いました。Dnah8ノックアウトマウスはヒトと同じように精子鞭毛の形成不全 (図2) のために不妊になり、DNAH8が鞭毛の形成に必須であることを確認できました。さらに顕微授精 (*3) を行うと、Dnah8のノックアウト精子から正常な産仔が得られました。患者からも顕微授精を用いて子供が誕生しており、DNAH8の変異に関して顕微授精は有効な治療法だと考えられます。

 

本研究成果は、米国医学誌「American Journal of Human Genetics」(オンライン)に掲載されました。

 

タイトル:Bi-allelic DNAH8 Variants Lead to Multiple Morphological Abnormalities of the Sperm Flagella and Primary Male Infertility

著者名:Chunyu Liu#, Haruhiko Miyata#, Yang Gao#, Yanwei Sha#, Shuyan Tang#, Zoulan Xu#, Marjorie Whitfield, Catherine Patrat, Huan Wu, Emmanuel Dulioust, Shixiong Tian, Keisuke Shimada, Jiangshan Cong, Taichi Noda, Hang Li, Akane Morohoshi, Caroline Cazin, Zine-Eddine Kherraf, Christophe Arnoult, Li Jin, Xiaojin He, Pierre F. Ray†, Yunxia Cao†, Aminata Touré†, Feng Zhang†*, and Masahito Ikawa†*. (#:equal contribution, †: equal contribution, *: equal correspondence)

 

用語説明

*1 全エクソーム解析: 全遺伝情報のうち、タンパク質をコードする領域のみを網羅的に解析する手法。近年のシークエンス技術の進歩により可能になった。

 

*2 ダイニン: タンパク質で構成され、微小管上を移動する分子モーター。鞭毛の運動でも重要な機能を果たす。

 

*3 ICSI (IntraCytoplasmic Sperm Injection) とも呼ばれる。顕微鏡下で、細いガラス針を使い精子を卵子に注入する技術。この技術を用いれば運動しない精子でも受精できる可能性がある。

 

  • 図1:DNAH8に変異があるMMAF患者の精子 コントロールに比べて精子の鞭毛が短く、形態異常を示す。

  • 図2:Dnah8ノックアウト (KO) マウスの精子 上) ヒトと同じように、KOマウスの精子鞭毛は短く、形態異常を示す 下) 電子顕微鏡で観察した精子鞭毛の断面図。KO精子の鞭毛では微細構造も異常である