精子の成熟を調節する鍵分子を発見(伊川研がScienceに発表)

大阪大学微生物病研究所の淨住大慈助教、伊川正人教授らの研究グループは、精巣タンパク質NELL2が精巣上体(※1)に働き、精子の成熟(※2)機構のスイッチをオンにするメカニズムを世界で初めて明らかにしました(図1)。

精巣で作られたばかりの精子は受精能力を有していません。これは精子を成熟させる機能が精巣には備わっていないためです。精巣で作られた精子は、精巣上体へ送られ、「成熟」することで受精能力を獲得します。これまで、精子形成機構は盛んに研究されてきましたが、精巣上体の成熟および、精巣上体における精子の成熟機構についてはほとんど研究が進んでいませんでした。

今回、伊川教授らの研究グループは、性成熟の過程で精巣の精細胞(※3)がNELL2タンパク質を分泌することで、幼少期には未熟な精巣上体を刺激して分化誘導し、精子の成熟機構をオンにしていることを明らかにしました。さらに、40年以上前に提唱された「ルミクライン(※4)」という管腔内因子を介した組織間情報伝達の存在とメカニズムを明らかにしました(図2)。

本研究成果は、 精巣因子NELL2による精巣上体の分化誘導、および精巣上体による精子成熟の制御機構を明らかにし、不妊症の病因解明に新たな視点を加えました。また本研究で存在を明らかにした組織間情報伝達システムである「ルミクライン」は、さまざまなライフステージで生命現象を制御する機構として働いている可能性があり、生命現象の基本的理解に貢献することが期待されます。

 

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本研究成果は、2020年6月5日(金)に米国科学誌「Science」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“NELL2-mediated lumicrine signaling through OVCH2 is required for male fertility”

著者名:Daiji Kiyozumi, Taichi Noda, Ryo Yamaguchi, Tomohiro Tobita, Takafumi Matsumura, Kentaro Shimada, Mayo Kodani, Takashi Kohda, Yoshitaka Fujihara, Manabu Ozawa, Zhifeng Yu, Gabriella Miklossy, Kurt M. Bohren, Masato Horie, Masaru Okabe, Martin M. Matzuk, and Masahito Ikawa

 

用語説明

※1 精巣上体

精巣から連なった、高度にコイル化した一本の上皮組織の管が詰まった器官。幼少期は細い管が、加齢に伴い精子形成する時期になると肥厚する。この管の中を通過する間に精子は成熟し、輸精管を通って体外に出る。

 

 ※2 精子の成熟

精巣で作られた精子が受精するために必要な能力を獲得すること。

 

※3 精細胞

精子になる途中段階の細胞。

 

※4 ルミクライン(ルミクリン)

上皮細胞がつくる管の内側(管腔)を通る因子を介して組織間で情報を伝達するシステム。

  • 図1 スイッチ因子NELL2に応答して精子の成熟機構がオンになった精巣上体。NELL2に応答して精巣上体でROS1分化シグナルが活性化、精子成熟に必須なタンパク質OVCH2(紫)が発現する。

  • 図2 マウスNELL2の機能 左:①精細胞が精子になる過程でNELL2を作る。②精巣から管腔を通じて送られたNELL2に応答して、精巣上体のROS1シグナルが活性化されて精巣上体が分化し、精子成熟機構をオンにする(OVCH2を分泌する)。③精巣で作られた精子は、精巣上体を移行中にOVCHの作用を受けて成熟し受精能力を獲得する。 右:①精細胞でNELL2が作られないと、②精子成熟機構はオフのまま、精子は作られるが成熟できず、受精能力を獲得できないために不妊となる。