精子と卵の融合に必須な3遺伝子を発見(伊川研がPNASに発表)

遺伝子機能解析分野の研究グループは、ベイラー医科大学のMartin M. Matzuk教授らの研究グループとの共同研究により、精子タンパク質SOF1、TMEM95およびSPACA6が精子と卵の細胞膜融合に必須であることを明らかにしました。

雌性生殖路内に射出された精子は、卵管を通過して、卵の待つ卵管膨大部に到達します(図1A)。卵と出会った精子は、卵透明帯を通過して(図1B①)、卵細胞膜と接着・融合し(図1B②)、父性染色体を卵へと送り込むとともに、卵を活性化して受精が完了します。現在までに、精子側ではIZUMO1(Inoue et al., Nature, 2005)(*1)とFIMP(Fujihara et al., PNAS, 2020)(*2)、卵側ではCD9(Miyado et al., Science, 2000; Kaji et al., Nat Genet, 2000)とJUNO(Bianchi et al., Nature, 2014)が融合必須因子として同定されていますが、融合における分子メカニズムの全容を解明するには至っていません。

研究グループは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いて雄生殖器で強く発現する遺伝子のノックアウト(KO)マウスを作製し、表現型スクリーニングを行ってきました。その中で、研究グループは精子タンパク質SOF1、TMEM95、およびSPACA6をそれぞれ欠損させた精子では、透明帯を通過できてIZUMO1が残っているにも関わらず、卵細胞膜と融合できないことを突き止めました(図2)。この結果から、SOF1、TMEM95、およびSPACA6はすでに知られているIZUMO1やFIMPとは、別の機構や段階で融合のステップに関与する可能性が示唆されます。

 

精子IZUMO1が融合必須因子として同定されてから約15年間、融合に必須な精子側の因子は分かっていませんでした。しかし、CRISPR/Cas9を用いたマウス個体レベルの表現型スクリーニング(*3)により、研究グループはFIMP(Fujihara et al., PNAS, 2020)、SOF1、TMEM95、SPACA6が融合に関与する遺伝子として同定しました。研究グループの結果から、精子と卵の細胞膜融合は多くの分子が関与する複雑なメカニズムであることが示唆されます。

またわが国では、約6組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けており、不妊症は社会問題のひとつになっています。本研究成果は、男性不妊の新たな原因遺伝子として診断・検査の対象となり、治療薬や避妊薬の開発へと繋がることが期待されます。

 

本研究成果は、2020年4月28日(火)午前4時(日本時間)以降に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン)に掲載されます。

タイトル:“Sperm proteins SOF1, TMEM95, and SPACA6 are required for sperm-oocyte fusion in mice”

著者名:Taichi Noda#, Yonggang Lu#, Yoshitaka Fujihara, Seiya Oura, Takayuki Koyano, Sumire Kobayashi, Martin M. Matzuk, and Masahito Ikawa. (#: equal contribution)

 

用語説明

※1 IZUMO1:微生物病研究所伊川教授らの研究グループが2005年に世界で初めて同定した融合に必須な精子膜タンパク質。縁結びの神様として知られる出雲大社に因んで名付けられた。

 

※2 FIMP:元々の遺伝子名は4930451I11Rik。4930451I11Rik KO精子は、IZUMO1が存在するにも関わらず、融合不全を示す。表現型から、Fertilization Influencing Membrane Protein (FIMP)と名付けた。FIMPは精子の融合に関わる領域(赤道節)に存在し、先体反応後の約6割の精子で残っていた。

 

※3 表現型スクリーニング:ゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムを活用し、雄生殖巣で発現する遺伝子をノックアウトしたマウスを作製、生体において表現型(ここでは受精能)を確認、重要な遺伝子を探索する方法。従来のES細胞を用いたノックアウトマウス作製法が長い時間を必要とするのに対し、短期間でノックアウトマウスができるゲノム編集技術ならではの特徴を利用したスクリーニング法。

 

  • 図1.精子が卵と受精するまでの過程 A)雌性生殖道内に射出された精子が卵と出会うステップ。赤い点線で示す箇所をパネルBに拡大した。 B)卵管内で精子が卵と受精するステップ。

  • 図2. KO精子の表現型解析 A) 体外受精能力。野生型とSof1 KOの精子をそれぞれ卵に振りかけた。受精すると、野生型精子のように卵の中に2つの前核が見えて、他の精子は透明帯を通過できなくなる。しかし、Sof1 KO精子は、透明帯を通過できたものの、融合できないため、卵の囲卵腔と呼ばれるスペースに溜まっていた。 B) IZUMO1の検出。精子は、2時間ほど培養すると先体小胞と呼ばれる小器官から酵素などを放出する(先体反応)。先体反応した精子が受精可能な精子である。先体反応前と後(▲)の精子におけるIZUMO1の局在は、野生型とSof1 KOの精子で変わらなかった。 C) 精子におけるSPACA6の局在。SPACA6にアフィニティタグ(1D4)を結合させたトランスジェニック(Tg)マウスの精子を観察した。先体反応前、SPACA6は先体に存在したが、先体反応後の精子(▲)では、融合に関与する場所(赤道節)に移動した。