受精膜融合に必須な精子膜タンパク質FIMPを発見(伊川研がPNASに発表)
大阪大学微生物病研究所の藤原祥高 招へい准教授(現在:国立循環器病研究センター室長)、伊川正人 教授らの研究グループは、ベイラー医科大学のMartin M. Matzuk(マーティン M. マツック)教授らの研究グループとの国際共同研究により、哺乳類の受精膜融合に必須な精子膜タンパク質FIMPを世界で初めて発見しました。同研究グループは、2005年にIZUMO1(※1)を発見(Nature誌に掲載)して以来、世界との競争に競り勝ち2つ目の必須因子の発見に繋がりました。
これまで哺乳類の受精膜融合に関わる因子は3つ報告されており、卵子側ではCD9(Science, 2000年)とJUNO(Nature, 2014年)、そして精子側ではIZUMO1だけでした。最近の研究から、IZUMO1はJUNOと直接結合することで、受精膜融合の初期段階である精子と卵子の細胞膜接着に寄与するとされます。しかし、たった3つの因子だけでは、膜融合の分子機構を全て説明できないことから、さらなる融合関連因子の発見が待たれている状況でした。
今回、伊川教授らの研究グループは、ゲノム編集技術(※2)CRISPR/Cas9(※3)を用いてKO(※4)マウスを開発・解析することにより機能未知の膜タンパク質としてFIMPを同定し、FIMPが受精膜融合に必須であること、IZUMO1とは別経路(別段階)で膜融合に機能することを解明しました。これにより、受精膜融合の分子メカニズム解明への新展開、そして男性不妊の原因究明や治療法・避妊薬の開発が期待されます。
わが国では、約6組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けており、不妊症は社会問題のひとつとなっています。本研究では、受精で最も未解明な部分である膜融合に関与する精子膜タンパク質FIMPをゲノム編集技術CRISPR/Cas9を駆使することで発見できました。本研究成果により、男性不妊の新たな原因遺伝子として診断・検査の対象となり、治療薬や避妊薬の開発へと繋がる事が期待されます。
本研究成果は、2020年4月7日(火)午前4時(日本時間)以降に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, PNAS」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Spermatozoa lacking Fertilization Influencing Membrane Protein (FIMP) fail to fuse with oocytes in mice”
著者名:Fujihara Y, Lu Y, Noda T, Oji A, Larasati T, Kojima-Kita K, Yu Z, Matzuk RM, Matzuk MM, and Ikawa M.
用語説明
※1 IZUMO1
伊川正人 教授・岡部勝 名誉教授らの研究グループが、2005年に世界で初めて発見した受精膜融合に必須な精子膜タンパク質。名前の由来は、縁結びの神様として有名な出雲大社にあやかってつけられた。その後、IZUMOファミリー遺伝子や構造の似た遺伝子のKOマウスが解析されたが、現在までIZUMO1-KOマウスと同じ融合不全を示すKOマウスの報告はなかった。
※2 ゲノム編集
ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。
※3 CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)
現在注目を集めるゲノム編集技術のひとつで、細菌の獲得免疫システムとして発見された機構。この機構を応用することで、ハサミの役割を持つCas9ヌクレアーゼによるDNAの切断・修復機構を利用して変異を効率良く導入できる。
※4 KO (ノックアウト)
遺伝子改変技術により特定の遺伝子に変異を導入して、その遺伝子の機能を破壊すること。KO動物を解析することで、生体内での機能を解明することができる。