超速老化魚を使って皮膚の若さを保つメカニズムを解明(石谷研がAging Cellに発表)

生態統御分野 大学院生のDaniel Semmyさん(大学院生命機能研究科博士後期課程)、阿部耕太助教、石谷太教授らの研究グループは、九州大学や熊本大学などとの共同研究により、小胞体ストレスが皮膚幹・前駆細胞の若さ維持に寄与することを世界で初めて明らかにしました。

老化研究は、モデル動物であるマウスやゼブラフィッシュの寿命が約3年あり解析に年単位の時間がかかることや、細胞の分子レベルの変化を可視化し、かつ網羅的に解析できる技術が不足していることにより進展が遅れていました。今回、研究グループは、ヒトと同じ脊椎動物でありながら性成熟後2〜3ヶ月で老化して死に至る、超速老化魚ターコイズキリフィッシュ(略称キリフィッシュ)をモデルとして、独自に開発した可視化技術や遺伝子発現動態の網羅的解析技術を組み合わせることで、皮膚老化メカニズムの解析に挑みました。その結果、細胞にストレスを受けたときに働く防御機構としてよく知られる小胞体ストレス応答経路が、意外にも皮膚の表皮基底層※1で強く活性化して遺伝子発現を制御し、表皮幹細胞※2の「若さ」(増殖活性)を維持していることを見出しました。加えて、老齢の表皮に小胞体ストレスを与えると、表皮幹細胞の遺伝子発現が若い状態に戻り、増殖活性が復活することも発見しました。また、マウス組織解析やヒト公開データ解析の結果、キリフィッシュと同様に、ヒトやマウスの皮膚でもこの「小胞体ストレス応答-Vcp経路」による幹細胞制御と加齢に伴う機能低下が起きている可能性が強く示されました。

この成果は、ストレスに対する防御機構と考えられてきた小胞体ストレス応答経路が皮膚の若さを保つことを明らかにし、老化した皮膚幹細胞を若返らせる可能性のある新しい治療・予防戦略につながる有望な知見を示しました。

【研究成果のポイント】

  • 細胞がストレスを受けた時に働く防御機構と考えられてきた小胞体ストレス※3が、老化した皮膚幹細胞を若い状態に戻せることを発見
  • 老化メカニズムはその研究に長大な時間を要するため、詳細な機構の理解はあまり進んでいなかったが、超速老化魚ターコイズキリフィッシュ※4と、独自の可視化技術・網羅的解析技術を組み合わせ、短期間で皮膚老化メカニズムの解明に成功
  • ヒトの皮膚老化に対する有望な治療・予防戦略の開発につながる可能性を期待

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本研究成果は、英国科学誌「Aging Cell」に、2025年10月12日(日)に公開されました。

タイトル:ER stress Ire1-Xbp1s pathway maintains youthful epidermal basal layer through the regulation of cell proliferation

著者名:Daniel Semmy, Kota Abe, Mizuki Honda, Hiroko Omori, Shohei Ogamino, Tobias Clausen Mercurio, Kyosuke Asakawa, Emi K. Nishimura, Shinya Oki, Yasuyuki Ohkawa, and Tohru Ishitani

用語説明

※1 表皮基底層

皮膚は外側の「表皮」と、その下にある「真皮」から形成され、表皮の一番奥に位置する層を「表皮基底層」という。基底層には「表皮幹細胞」が存在し、常に新しい皮膚細胞を生み出して皮膚を入れ替えている。

 

※2 表皮幹細胞

皮膚の表皮基底層に存在する特殊な細胞で、自己複製能(自分と同じ細胞を作る能力)と、多分化能(皮膚のさまざまな細胞に分化できる能力)を持つ。これにより皮膚の恒常的な入れ替えを可能にし、皮膚の恒常性や損傷修復力を維持している。表皮幹細胞は加齢とともに増殖力が低下し、これらの機能が低下する。

 

※3 小胞体ストレス

翻訳されたタンパク質が正常に機能するためには正しく折り畳まれる必要があるが、全てのタンパク質のうち35%が細胞小器官の一つである小胞体(Endoplasmic Reticulum:ER)で折り畳まれる。しかし、細胞への酸化ストレス、変異タンパク質の発現、低酸素状態などのストレス下では、小胞体でタンパク質の折り畳みが正常に行われず変性タンパク質が蓄積する。この状態を小胞体ストレスと呼ぶ。小胞体ストレスが続くと小胞体の機能障害や細胞死を引き起こすため、細胞はこれを回避するシステム「小胞体ストレス応答」を備えている。小胞体ストレス応答はIRE1-XBP1経路、PERK-ATF4経路、ATF6経路という 3つの経路が担っており、誤って折り畳まれたタンパク質の蓄積を防いでいる。

 

※4 ターコイズキリフィッシュ

アフリカの乾燥地帯に生息する体長4cm程度の小型の淡水魚で、寿命がわずか数ヶ月しかない超短命魚。この寿命の短さは研究室の飼育環境でも再現され、さらに、この短期間に神経変性や腫瘍形成など、ヒトとも共通する様々な老化形質を示すことから、非常に有用なモデル脊椎動物として近年注目を集めている。石谷研究室は、現在の老化研究のボトルネック(データサイエンスや細胞研究、無脊椎動物モデル研究で留まってしまって脊椎動物での検証、メカニズム解析が進んでいない)を解消し、老化研究を革新し、真に健康寿命延伸を目指す研究を行うためにキリフィッシュを使った研究系を7年かけて立ち上げてきた。

  • 図1)小胞体ストレスが若い皮膚を保つ