精子の運動スイッチを制御する 新たな仕組みを発見(伊川研がPNASに発表)

大阪大学微生物研究所の飯田理恵特任助教(常勤)、宮田治彦准教授、伊川正人教授らの研究グループは、精子の運動を駆動する中心分子である「サイクリックAMP(cAMP)※1」の産生を制御する新たな機構を発見しました。

研究チームは、これまで役割が分かっていなかったタンパク質「TMEM217」が、cAMPをつくるタンパク質「sAC(可溶性アデニリルシクラーゼ)※2」を安定に保つ働きをしていることを明らかにしました。TMEM217を欠損させたマウスでは、精子の中のcAMPの量が大きく減少し、精子が動かなくなった結果、雄のマウスは完全に不妊になりました。しかし、このTMEM217を欠損させた精子に「cAMPと同じ機能をする分子(cAMP類似体)※3」を加えることで、精子の運動性が回復し、体外受精によって正常な子マウスが誕生することが確認されました。

この成果は精子の動きが弱い「精子無力症※4」などの男性不妊症の原因解明や、今後の診断法・治療法の開発に繋がることが期待されます。

【研究成果のポイント】

  • 精子の運動に必要な情報伝達分子「サイクリックAMP(cAMP)」の産生が、これまで機能が不明だったタンパク質TMEM217によって制御されていることを発見
  • TMEM217を欠損させたマウスの精子に「cAMPと同じ機能をする分子」を加えることで運動性が回復し、体外受精によって正常な子マウスを誕生させることに成功
  • 精子がうまく動かない男性不妊症の診断や治療に繋がる可能性

詳細はこちら(プレスリリース原稿)

 

本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に、2025年10月13日(月)の週に公開されました。

タイトル:“Formation of a complex between TMEM217 and the sodium-proton exchanger SLC9C1 is crucial for mouse sperm motility and male fertility”

著者名:Rie Iida-Norita, Haruhiko Miyata, Akinori Ninomiya, Chihiro Emori, Maki Kamoshita, Chen Pan, Haoting Wang, and Masahito Ikawa

 

用語説明

※1 サイクリックAMP(cAMP)
「サイクリックアデノシン一リン酸」と呼ばれる小さな分子。細胞内で情報を伝える分子として働き、精子では運動を開始するために必須。

 

※2 sAC(可溶性アデニリルシクラーゼ)
精子の中でcAMPをつくるタンパク質。sACが働くことでcAMPが産生される。

 

※3 cAMPと同じ機能をする分子(cAMP類似体)
cAMPと似た構造を持つ人工分子。細胞に取り込まれるとcAMPと同じ働きを示すため、cAMPが不足している状態を補うことができる。今回の研究では、TMEM217欠損精子にcAMP類似体を添加することで運動性と受精能力を回復させることに成功した。

 

※4 精子無力症(せいしむりょくしょう)
精子がまったく動かない、あるいは運動が弱いために卵子までたどり着けず、受精が困難になる状態。男性不妊症の主な原因のひとつとされる。

 

  • 図1)TMEM217とcAMP産生

    TMEM217はSLC9C1というタンパク質と協働してcAMP産生タンパク質(sAC)を安定に保っている。

  • 図2)cAMP添加による精子の機能回復

    TMEM217を欠損させた精子にcAMPを添加すると運動性が回復し、受精が可能になった。