自己免疫疾患における自己抗体の産生機構を解明(荒瀬研がScience Advancesに発表)

大阪大学の金暉特任研究員(常勤)、 荒瀬尚教授(免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所)らの研究グループは、自己免疫寛容(注1)が破綻して自己抗体が産生される分子機構を解明しました(左図)。本研究成果は自己免疫疾患に対する治療薬や予防薬の開発に貢献すると期待されます。

​研究成果のポイント

  • ウイルス等の病原体を排除するための免疫システムが、誤って自分の体の組織を攻撃することで様々な自己免疫疾患が発症するが、依然として自己免疫疾患の発症機構は明らかではない。
  • 自己免疫疾患の一つであるバセドウ病では甲状腺刺激ホルモン受容体(注2)に対する自己抗体が産生されることで発症するが、本研究により自己抗体の産生機構が明らかになった。
  • 現在、自己免疫疾患の治療は対症療法に限られ、長期間の投薬が必要。しかし本研究によって、自己免疫疾患の原因を標的にした新たな治療薬・予防薬の開発が期待される。

背景

自己免疫疾患では自己の分子に対する自己抗体が産生されます。バセドウ病も甲状腺を刺激する自己抗体が産生され、その結果、甲状腺の機能亢進が生じる自己免疫疾患の一つです。しかし、甲状腺に対する自己抗体がどのようにして産生されるかは不明でした。

研究成果

甲状腺を刺激する自己抗体は正常の甲状腺刺激ホルモン受容体を認識しないが、主要組織適合遺伝子複合体(MHC) (注3)クラスII分子と複合体を形成して抗原性が変化した甲状腺刺激ホルモン受容体を認識することが判明しました。さらに、MHCと結合して抗原性が変化した甲状腺刺激ホルモン受容体によって、甲状腺に対する自己抗体が産生されることが明らかになりました。

研究の意義

本研究により、MHCの異常発現によって免疫寛容が破綻され、自己抗原に対する病原性自己抗体が産生されることが、世界で初めて明らかになりました。本研究成果は、今後、バセドウ病のみならず、他の自己免疫疾患における自己抗体産生メカニズムの解明や、自己免疫疾患の治療薬や予防薬開発に大きく貢献することが期待されます。

 

本研究成果は米国科学雑誌Science誌の姉妹紙Science Advances誌に掲載されます(日本時間3月5日(土)午前4時 オンライン掲載)。

タイトル: “Abrogation of self-tolerance by misfolded self-antigens complexed with MHC class II molecules”

「構造変化した自己抗原と主要組織適合抗原クラスII分子との複合体による自己免疫寛容の破綻」

著者:Hui Jin, Kazuki Kishida, Noriko Arase, Sumiko Matsuoka, Wataru Nakai, Masako Kohyama, Tadahiro Suenaga, Ken Yamamoto, Takehiko Sasazuki, and Hisashi Arase.

 

用語解説

*1: 自己免疫寛容(Self-tolerance)

         免疫細胞はウイルス等の外来分子には反応するが、自己の分子に反応しないという特徴を持っています。この自己免疫寛容が破綻して自己抗原に対して免疫反応が惹起されることで、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、I型糖尿病、バセドウ病等の様々な種類の自己免疫疾患が発症します。従って、自己免疫寛容が破綻する分子機構の解明が、自己免疫疾患の発症機構の解明に重要です。

 

*2: 甲状腺刺激ホルモン受容体(Thyroid Stimulating Hormone Receptor, TSHR)

         甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)は主に甲状腺濾胞細胞に発現し、甲状腺刺激ホルモン(TSH)により活性化され、濾胞細胞の増殖や機能を調節します。バセドウ病は、甲状腺刺激ホルモン受容体に対する代表的な臓器特異的な自己免疫疾患であり、その自己抗体が甲状腺細胞を刺激します。その結果、甲状腺ホルモンの分泌が更新し、甲状腺腫、眼球突出、頻脈、多汗、体重減少等が見られます。

 

*3: 主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex, MHC; Human Leukocyte Antigen, HLA)

         主要組織適合遺伝子複合体(MHC)は非常に遺伝子多型性に富む分子であり、基本的に個人個人で異なる遺伝子型のMHCを持っています。T細胞にペプチド抗原を提示することで、免疫応答の中心を担っている分子です。クラスIとクラスIIがあり、クラスIIはヘルパーT細胞に抗原を提示することで、抗体産生に関与していると考えられています。一方、MHCは、以前より自己免疫疾患の発症に最も強く関与した疾患遺伝子であることが知られており、最近の全ゲノム解析によっても、MHCが最も強く自己免疫疾患の感受性に関与した疾患遺伝子であることが確認されています。しかし、なぜ特定の遺伝子型のMHCを持っていると特定の自己免疫疾患になりやすいかは、依然として明らかになっていませんでした。

 

詳細はこちら(プレスリリース資料)

 

 

  • 正常の甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)に対して自己免疫寛容は維持されるが、MHCクラスII分子が異常発現すると、TSHRの形が変化して抗原性も変化する。その結果、自己免疫寛容が破綻し、甲状腺を刺激する自己抗体が産生されることが判明した。