ゲノム解析により非結核性抗酸菌の媒介物感染経路を解明(中村研がClin. Microbiol. Infect.誌に発表)

非結核性抗酸菌(NTM)の一種である Mycobacterium abscessus subspecies massiliense(MAM)※1 は、治療が非常に困難な呼吸器感染症を引き起こします。NTM症は通常、ヒトからヒトへの感染は起こらないと考えられており、MAMも水回りなどの湿潤環境に生息する環境菌として知られています。一方で、限られた条件下では患者間での伝播が疑われる事例も報告されてきましたが、その感染経路の詳細は明らかになっていませんでした。
今回、大阪大学 微生物病研究所 中村昇太准教授らのグループは、国立病院機構近畿中央呼吸器センターの吉田志緒美(*)研究員(現:結核予防会結核研究所主任研究員)と共同で、障がい者施設において人工呼吸器を装着し、咳反射が極めて困難な長期臥床患者7名の間で発生したMAMの院内感染事例について、約3年間にわたるゲノム疫学調査を行いました。
施設内の徹底した環境調査(計294検体)と全ゲノム解析(Whole-genome sequencing)※2の結果、水回りからはMAMが一切検出されなかった一方で、患者の周囲にあるベッド柵、吸引器のダイヤル、さらにはスタッフが使用した処置直後の手袋や、病室を行き来する「医療用ワゴン」などの乾燥した表面からMAMが多数分離されました(図1)。
これらのゲノム配列を比較したところ、特定の患者(下記図2のM2)からワゴンなどの共有設備へと菌が付着し、そこから他の患者へと間接的に伝播していく「媒介物(Fomite)※3感染」の感染ルートが明らかになりました(図2)。

【研究成果のポイント】

  • 西日本のある障がい者施設で発生した非結核性抗酸菌(NTM; Nontuberculous Mycobacteria)の院内感染事例において、環境調査と全ゲノム解析を行い、感染ルートを解明した。
  • 水回りからは菌は検出されず、ワゴンや洗面台、医療機器モニターなどの乾燥した環境表面からNTMが分離され、それらのゲノムが患者由来株と高度に一致した。
  • 本研究により、医療機器や患者周囲の設備など、乾燥した環境表面が感染伝播に関与する可能性が示され、これらを含めた清掃・消毒対策の重要性が明らかになった。
  • NTMは一般的にヒトからヒトへの感染は起こさないと考えられており、本事例は人工呼吸器管理下などの限られた条件において生じた特殊な感染事例である。本知見は、ハイリスク患者を対象とする医療・福祉環境における感染対策の検討に資する成果である。
  • なお本事例はきわめて特殊な条件下での感染事例であり、一般的な環境において同様の感染が広く生じるものではない。

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本研究成果は、2026年3月10日に欧州臨床微生物感染症学会(ESCMID)の公式機関誌「Clinical Microbiology and Infection」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:Fomite transmission of Mycobacterium abscessus between severely disabled patients

 

用語説明

※1 Mycobacterium abscessus subspecies massiliense (MAM)

非結核性抗酸菌の一種である M. abscessus 複合体に属する亜種。増殖が比較的に早く(迅速発育菌)、強固な細胞壁を持つため多くの抗生物質が効きにくい難治性の病原体。

 

※2 全ゲノム解析(Whole-genome sequencing)

菌が持つすべての遺伝情報(DNA配列)を網羅的に読み取る解析手法。菌株同士の遺伝的な違いを詳細に比較することで、同じ感染源に由来するかどうかを高精度に判定できる。

 

※3 媒介物(Fomite)

感染症の病原体を付着させ、人から人へ、あるいは環境から人へと間接的に伝播させる原因となる無生物(衣服、手袋、医療器具、ドアノブ、家具など)のこと。

 

*注:著者名の「吉田」は、正式には「つちよし」(「吉」の異体字、Unicode: U+20BB7)ですが、表示環境により文字化けする可能性があるため、本サイトでは「吉」と表記しています。

  • 図1. 施設内における環境スクリーニングの結果

    ベッド柵、吸引器ダイヤル、医療器モニター、医療用ワゴン等の乾燥した環境表面からMAMが分離された