全身性自己免疫疾患の発症機構を解明(荒瀬研がCellに発表)
【研究成果のポイント】
■ウイルス等を排除する免疫細胞が、自己免疫疾患ではなぜ自己の組織や細胞を攻撃してしまうかが長年の謎であった。
■本研究は、免疫の司令塔であるT細胞が異常な自己抗原であるネオセルフ※1を非自己(ノンセルフ)として認識して自己の組織を攻撃してしまうことが、自己免疫疾患の原因であることが明らかにした。
■自己免疫疾患のリスクとされる持続感染ウイルスのEBウイルス※2の再活性化により、ネオセルフが誘導されると、自己免疫疾患を引き起こす病原性のT細胞が活性化された。この発見は、これまで不明だったウイルス感染と自己免疫疾患の関係を解明したものである。
■本研究成果は、「免疫の司令塔であるT細胞がネオセルフを非自己(ノンセルフ)として認識する」ことを示した従来の免疫学の基本概念を大きく変える発見である。様々な自己免疫疾患の原因を標的にした新規治療法の開発や、生理的、病的な様々な免疫応答を理解する上でも極めて重要な発見である。
【概要】
免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所・ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター/感染症総合教育研究拠点の森俊輔 特任研究員、荒瀬尚教授らの研究グループは、免疫応答の司令塔のT細胞に抗原を提示するMHC(主要組織適合性遺伝子複合体)※3の機能異常によって、異常な自己抗原(ネオセルフ)が提示され、その結果、ネオセルフに対する免疫応答が惹起されることが自己免疫疾患の原因であることを突き止めました。
通常、免疫細胞はウイルス等の感染細胞等を非自己(ノンセルフ)として認識して攻撃しますが、正常な自己の細胞は認識しません。自己免疫疾患では自己の細胞や組織に対する免疫応答が起きて攻撃してしまいますが、その原因は長年にわたり不明でした。
荒瀬尚教授らの研究グループは、MHCの機能異常を引き起こしてネオセルフを誘導できるマウスを樹立することで、ネオセルフが全身性の自己免疫疾患を発症させることを発見しました。さらに、全身性自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)※4の患者さんで異常に活性化しているT細胞の約10%もが、ネオセルフを認識していることを発見しました。一方、ほとんどの成人に持続感染しているEBウイルスの再活性化頻度はSLE発症のリスクとして知られています。本研究により、EBウイルスの再活性化によってMHCの機能異常が引き起こされた結果、ネオセルフが生じてSLE患者さんの自己応答性T細胞を活性化することが明らかになり、持続感染ウイルスの再活性化による自己免疫疾患の発症機構が判明しました。
本研究成果は、2024年9月13日(金)に米国科学誌「Cell」に掲載されました。
タイトル:“Neoself-antigens are the primary target for autoreactive T cells in human lupus”
著者名:Shunsuke Mori, Masako Kohyama, Yoshiaki Yasumizu, Asa Tada1, Kaito Tanzawa, Tatsuya Shishido, Kazuki Kishida, Hui Jin, Masayuki Nishide, Shoji Kawada, Daisuke Motooka, Daisuke Okuzaki, Ryota Naito, Wataru Nakai, Teru Kanda, Takayuki Murata, Chikashi Terao, Koichiro Ohmura, Noriko Arase, Tomohiro Kurosaki, Manabu Fujimoto, Tadahiro Suenaga, Atsushi Kumanogoh, Shimon Sakaguchi, Yoshihiro Ogawa, Hisashi
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.08.025
【用語説明】
※1 ネオセルフ
MHCクラスII分子は正常状態では、そのほとんどが自己の抗原由来のペプチドを提示しているが、その様な自己抗原ペプチドに対しては、免疫応答の司令塔であるヘルパーT細胞は寛容状態になっている。一方、MHCクラスII分子にウイルス等の非自己の分子由来のペプチドが提示されると、ヘルパーT細胞は異物として認識して攻撃する。研究グループは、MHCクラスII分子の抗原提示機構が障害を受けると、正常では提示されない自己抗原が提示されるようになることを発見し、その様な異常なMHCクラスII分子に提示された自己抗原をネオセルフと命名したものである。
※2 EBウイルス
成人の約90%が感染しているヘルペスウイルスの1種。潜伏感染と再活性化(ウイルス増殖)を繰り返しているが、その再活性化頻度は個人間で異なる。EBウイルスの再活性化が高頻度の認められる人では、様々な自己免疫疾患のリスクが高くなることが報告されている。
※3 MHC(主要組織適合性遺伝子複合体)
MHCは正常状態ではT細胞にペプチド抗原を提示することで、免疫応答の中心を担っている分子。ヒトではHLAと呼ばれる。特定の遺伝型のHLAは自己免疫疾患の発症リスクに最も強く影響を与えるヒト遺伝子であることから、自己免疫疾患の発症に関与する疾患遺伝子でもある。
※4 全身性エリテマトーデス(SLE)
多彩な症状(発熱・全身倦怠感・関節痛・皮膚症状・内臓疾患)を引き起こす原因が不明な全身性自己免疫疾患である。細胞の核に対する抗体(抗核抗体)の産生、免疫複合体の組織への沈着を特徴とする。原因が不明であるために、対症療法薬の長期間の投薬が必要である。