p16-3MRマウスモデルによる老化細胞の検出と除去における問題点の発見(原研がEMBO Reportsに発表)
本研究所分子生物学分野の原 英二教授、大学院生の堀 望美さん(当時)、河本新平准教授(現:東北大学ヘルススパン研究センター教授)らの研究グループは、細胞老化研究で広く使用されてきた p16-3MR マウスモデルに、老化細胞の検出および除去に関する重大な欠陥があることを明らかにしました。
細胞老化は、がん抑制機構として重要である一方、加齢とともに体内に蓄積し、炎症性物質を分泌するSenescence-Associated Secretory Phenotype(SASP)を介してさまざまな加齢性疾患の発症に関与すると考えられています。老化細胞のin vivoでの可視化と選択的除去を可能にするマウスモデルは、老化研究において重要な研究ツールとなっています。p16-3MRマウスは、細胞老化誘導遺伝子であるp16INK4aのプロモーター下にRenillaルシフェラーゼ(Rluc)、monomeric red fluorescent protein(mRFP)、およびherpes simplex virus 1 thymidine kinase(HSV-TK)の3つの機能ドメインからなる融合タンパク質(3MR)を発現するよう設計されており、老化細胞の可視化とガンシクロビル(GCV)投与による選択的除去を可能にするモデルとして、2014年のDemaria et al.(Developmental Cell)以降、老化研究において最も広く使用されてきたマウスモデルの一つです。
本研究では、p16-3MRマウスにおける生物発光イメージング(BLI)シグナルが極めて微弱であり、野生型(WT)マウスにRlucの基質であるcoelenterazine-h(CTZ-h)を投与した際のバックグラウンドシグナルとほぼ区別できないことを明らかにしました。加齢、ドキソルビシン処理、および皮膚創傷治癒のいずれの条件においても、BLIシグナルの有意な変化は認められず、Demaria et al.(2014)の報告結果を再現できませんでした。さらに、p16-3MRマウス由来の老化線維芽細胞ではmRFPシグナルが検出されず、GCV処理によっても老化細胞の除去効果が認められませんでした。加えて、GCVはHSV-TK非依存的にマクロファージ等の免疫細胞にも影響を与えることが示され、WTマウスをコントロールとして設けずにGCV処理の効果を老化細胞の選択的除去として解釈することの危険性が明らかになりました。
本研究の重要な特徴は、CampisiラボおよびDemariaラボ双方から入手したp16-3MRマウスを用いた比較実験、全ゲノムシーケンスによるトランスジーン配列の検証、さらにはアルビノp16-3MRマウスを用いた実験など、複数の独立したアプローチによって3MRトランスジーンの機能的欠陥を系統的に検証した点にあります。これらの結果は、3MRトランスジーンの3つのコンポーネントすべてに機能的欠陥があることを示しており、老化研究における再現性と実験設計の重要性を改めて示すものです。
本研究の結果は、p16-3MRマウスモデルが完全に機能しないと断言するものではありません。しかし、本モデルを使用する際には、WT マウスを適切なネガティブコントロールとして含めることが不可欠であり、これまでの p16-3MR マウスを用いた研究結果についても慎重な解釈が必要であることを示しています。本研究成果は、今後の老化細胞研究における、より信頼性の高い実験手法や評価基準の確立につながることが期待されます。
なお、本論文の著者である原 英二教授および大阪公立大学大学院医学研究科の大谷直子教授は、本研究で検証の対象となったDemaria et al.(Developmental Cell, 2014)の共著者ですが、同論文においてはp16-3MRマウスを用いた実験は一切行っておらず、その他の著者全員も本研究に関する利益相反はないことを開示します。
本研究成果は、欧州分子生物学機構(EMBO)が刊行する学術誌「EMBO Reports」に2026年 5月28日にオンライン掲載されました。
タイトル: Limitations of the p16-3MR mouse model for detecting and eliminating senescent cells
著者: Nozomi Hori, Shimpei Kawamoto, Ken Uemura, Yumi Kinugasa-Katayama, Yumiko Okumura, Kentaro Tanaka, Jeong Hoon Park, Masahiro Wakita, Daisuke Motooka, Naoko Ohtani & Eiji Hara
DOI: 10.1038/s44319-026-00802-8






