Research Themes

 HIVは約9000塩基のセンス側一本鎖RNAをゲノムに持っていますが、ウイルス粒子からゲノムを取り出してみるとそれは二本が対になって存在している(二量体化)ことが判ります。

RNA電顕

↑こんなふうに。

まあ普 通の人にとっては、「で?」という事柄なのかもしれませんが、ふとウイルスの身になってみると同一物を二本持つことはそれほど大事なものなのか、よく分か りません。ウイルスは小さいことが大事で、生活必需品のほとんどを宿主に依存してしまっている究極の居候なのに、何でこんな大きいものを二つも持っている 必要があるのでしょう?もしかしてそこには我々の知らなかった非常に大事な秘密があって、それを知ることによってウイルスを制圧する術が見えてくること だって考えられます。知りたい・・・。しかしウイルスに「何故(Why)?」と聞いても答えてくれません。そこで我々のラボでは「どうやって(How)こ の二量体化という現象が成り立っているのか」と言う方向から答えを見つけようと考えています。ウイルス粒子そのものを使う、ユニークな方法によってこの現 象の解析を行っており、ウイルスがゲノムを粒子に取り込む(パッケージング)際にゲノムが二量体化していることが極めて重要であるということを発見しました。さらに解析を進め、ゲノム二量体化はゲノムパッケージング、逆転写、ゲノム組換えなどウイルス生活環の様々な段階で重要な役割を果たすことを示唆する様々なデータを得て、報告しています(論文の稿参照)。つまりHIVゲノム二量体化及びゲノム組換えの機序の解明は、HIVの制圧の端緒となりうる重要な研究対象であることがだんだんと判ってきました。

HIVは感染した細胞の中で何万倍にも増幅して新しい粒子として外に放出されますが、この粒子が感染 性を獲得するためには粒子成熟と呼ばれるステップを経なければいけません。いわば大人への階段ですが、この成熟時に粒子内ゲノムの安定な二量体化も起きる のです。ウイルスゲノムが活性化状態にスイッチするこの経過はウイルスというナノマシンのメカニズムを解明する上で非常に重要です(誰が何と言おうと!)。とても調べたくなりましたが、生きたウイルスの内側の様子など直接観察できるわけがありません。そこでウイルスの成熟過程を中断させるような様々な変異体を作成して、RNAや粒子の形状についての解析を行うこととしました。その結果RNA成熟過程における被逆転写能の獲得や粒子形態変化との相関などに関して多数の興味深い新知見が得られ、高い評価を受けました。

粒子成熟とゲノムRNA

また、我々はゲノムRNA上の二量体化シグナル(DLS)の必要十分領域を同定していたのですが、そ の内部のRNA塩基対形成について独自の解析系を駆使してさらに詳細な分子生物学的解析を行いました。こうして蓄積したデータを元に計算機科学により DLS領域の構造モデリングを行った結果、RNAシュードノット様構造を含んだ今までとは全く異なる2種類の新しい立体構造モデルを得ることができました。こ のシュードノット様構造はDLS全体の構造を強く規定し、RNAステムのベクトルを拘束する役割を果たしているいわばDLSの要であり、この核酸構造を標 的とした新規抗ウイルス療法は大きな可能性を持っていると考えられました。

DLS3Dモデル


また、我々の構築してきたこのようなゲノム二量体化や組換えの解析法を応用することで、ウイルスの組み換え体生成のメカニズム解明にも寄与できるのではないかと考えています。基本はウイルスを知りたいと言うことです。知りたいことを知る事で、その先に役立つものも見えてくるはずです。

 文責:櫻木淳一