真核生物の細胞内部に存在する膜オルガネラの多くは、ダイナミックな膜の動きによる分子輸送を介して連絡を取り合い、動的なネットワークを形成している(図1)。このような物流システム=メンブレントラフィックは、個々の細胞の生存に必須なだけではなく、免疫系や神経系などの様々な高次生体機能を担っている。我々は、未知の部分の多い物流経路オートファジーとエンドサイトーシス経路に焦点を絞り、分子細胞生物学等の最先端技術を駆使した多面的なアプローチにより、これらのメンブレントラフィックの分子メカニズムと、生理機能、特に疾患における役割を明らかにしようとしている。そのような研究を通して、ポストゲノムの重要課題である“細胞の理解”と、臨床医学に資する知的財産の創出を目指す。 | |
図1:メンブレントラフィックの「ロードマップ」 |
1) オートファジー
オートファジーとは、「食べる」というラテン語「phagy」に「自ら(auto)」をつけた造語で、自食作用と訳される。真核生物が普遍的に持つ細胞内の分解機構で、膜構造のオートファゴソームが細胞質や他のオルガネラを取り込み、消化酵素を持つリソソームと融合、内容物を分解する(図2上)。オートファジーは日々細胞成分の新陳代謝に働く一方、栄養飢餓時には劇的に亢進し、細胞自身の一部を分解して栄養源とする。オートファジーの実態は永らく謎に包まれていたが、ここ数年急速に解明が進みその重要性が次々と明らかにされている。本分野は我が国が世界をリードしており、我々はオートファジーに関わるほ乳類たんぱく質の同定などを通してその一翼を担ってきた(図2下)。同定した分子を手がかりにオートファジーの生理的意義の解明にも着手し、細胞質に侵入したA群レンサ球菌を巨大なオートファゴソームが捕獲し殺すことを見いだした(図3)。この発見は、オートファジーが代謝のみならず感染防御機構としても働くこと、すなわち一種の自然免疫の機能を持つことを示している。オートファジーはまた、細胞内に蓄積・凝集して細胞に障害を与える変性たんぱく質の除去にも関与していた(図4)。アルツハイマー病や狂牛病などの変性たんぱく質の蓄積を原因とする疾患に対抗する細胞側の防衛手段の一つであると考えられる。現在は、オートファジーの分子機構の解析やアッセイ系の開発を進めると同時に、生体防御システムとしての役割の研究を行っている。
図2:オートファジーの膜動態
上段:細胞質やオルガネラの一部を扁平な袋状の隔離膜が囲い込み、閉じてオートファゴソームを形成する。そこにリソソームが融合し、内容物が消化される。
下段:我々は、オートファジー関連たんぱく質複数を同定し、膜動態の分子機構を明らかにしてきた。EMBO J., 19, 5720-5728 (2000)その他
図3:オートファジーによる病原性細菌の排除
A: 細胞質に侵入したA群レンサ球菌(マゼンタ)を囲い込む巨大オートファゴソーム(緑・LC3で標識)。
B: A群レンサ球菌を包み込む隔離膜の電子顕微鏡写真。
C: 細胞内におけるA群レンサ球菌の運命。Science, 306, 1037-1040 (2004)
図4:オートファジーによる変性たんぱく質の分解
左: オートファジー不能のAtg5-KO細胞では、肝変性の原因となるα1アンチトリプシンZ変異体の凝集塊(緑)が多数できる。(マゼンタは小胞体)
右: プロテアソームに加えオートファジーも変性たんぱく質の分解に寄与していた。J. Biol. Chem, 281, 4467-4476 (2006)
2)エンドサイトーシス経路
この経路のオルガネラのエンドソームでは、例えば取り込まれた成長因子受容体が細胞膜に戻され再利用されるか、リソソームに送られ分解されるかが決定される。前者が過剰になれば、増殖刺激を受けすぎ細胞は癌化する。我々は、この選別のメカニズムを探ろうとしている。また多くの病原性細菌がエンドソーム経由で細胞内に侵入することが知られている。これまでに、歯周病菌の侵入には細胞膜のマイクロドメインであるラフトが関与することなどを報告し、現在さらに侵入の分子機構の解析を行いつつある(図5)。
図5 歯周病菌の細胞内侵入
左: 細胞表面から内部に入ろうとしている歯周病菌のSEM像。
右: 歯周病菌成分を付着したビーズ(赤)が細胞内に入る様子のビデオ観察。緑はラフト成分であるGPIアンカーたんぱく質。Cell. Struct. Funct, 30, 81-91 (2005)