感染病態分野

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研究グループ

教授山本 雅裕
助教笹井 美和
特任助教(常勤)伴戸 寛徳
特任助教(常勤)Ma Jisu

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研究内容

 当研究室では、胞子虫類病原性寄生虫であるトキソプラズマをモデルとして寄生虫の宿主免疫抑制機構に着目した寄生虫免疫学研究とトキソプラズマに対する宿主免疫系の研究に取り組んでいる。

Fig.1
Fig.2

図1 トキソプラズマとは?
(A)トキソプラズマ原虫の模式図。先端部に分泌小器官であるロプトリー(赤い部分)が存在する。(B)宿主細胞に感染したトキソプラズマ原虫の電子顕微鏡図。感染細胞中では寄生胞内(水色矢印)に存在する。また、先端部に明らかなロプトリー像が認められる(緑矢印)。(C)感染細胞中でのトキソプラズマ原虫の免疫染色図。トキソプラズマ原虫の細胞膜蛋白質GAP45を赤色で、ROP18を緑色で染色した。尚、ROP16も同様にロプトリーに存在するエフェクター分子である。

1)トキソプラズマとは何か?
 トキソプラズマ症はトキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)の感染により引き起こされる原虫病である。その生活環はネコを終宿主としてヒト・ネズミなどを含む全ての恒温(温血)動物が中間宿主となることから非常に広い宿主域を持ち、感染したネコの糞便が存在しうる環境でのガーデニングや感染している家畜の生肉を加熱処理せず摂取することによる、いずれも経口感染によってヒトに感染する。トキソプラズマ原虫は健常人ではほとんどの場合感染初期に感冒様症状やリンパ節の軽い腫脹程度の症状を示し不顕性感染となる日和見病原体であり、全世界的には世界人口の3分の1が不顕性感染しているとされる。宿主免疫系が正常に作動している場合では全く問題とはならないが、近年のエイズ(後天性不全免疫症候群)を発症した患者などにおいてカリニ肺炎とならんでトキソプラズマ脳症が死因の主要なものを占める。また妊娠時母体は異物である胎児を拒絶しないために一種の免疫不全状態となっているが、その際に妊婦が初感染であった場合胎児にトキソプラズマ原虫が感染し流産、あるいは感染したまま新生児が水頭症・小脳症を先天的に抱えた状態で誕生しその後の精神発育、聴覚機能低下を伴う先天性疾患を引き起こすヒト重要病原体である。このように、ウイルス感染症・細菌感染症・真菌感染症に加えて原虫(寄生虫)感染症も我々の身近に存在する感染症である (図1)。当研究室では、トキソプラズマは様々なエフェクター分子を放出し、宿主免疫系を抑制し、病原性を発揮していることを明らかにしている。

2)トキソプラズマに対する宿主免疫系
 トキソプラズマ感染に対して、我々宿主は種々の免疫反応を引き起こし対抗している。一般に免疫反応は自然免疫と獲得免疫応答に大別されるが、トキソプラズマの構成成分がToll様受容体に認識され、マクロファージや樹状細胞などの自然免疫細胞からインターロイキン12(IL-12)などの炎症性サイトカインが大量に放出される。また獲得免疫系はIL-12により刺激されI型免疫応答が強く誘導されることが、抗トキソプラズマ宿主防御機構に重要である。I型免疫応答の中で最も重要なプレーヤーが、インターフェロンγ(IFN-γ)である。IFN-γは炎症性サイトカインであり、トキソプラズマの主要な標的細胞である自然免疫担当細胞に作用すると約2000種類のIFN-γ誘導性タンパク質を産生する。IFN-γはトキソプラズマの増殖が抑えられる「静」作用とトキソプラズマ自身が破壊される「殺」作用という2種類の異なる作用を有し、「静」作用についてはiNOSを介した一酸化窒素の産生やIDOを介するトリプトファン分解が重要な役割を果たしていることが、90年代に明らかにされた。
 一方「殺」作用については不明な点が多かったが2000年代に入り、トキソプラズマが感染細胞内で形成するオルガネラである「寄生胞」の膜構造を破壊することにIFN-γが重要であることが示された(図2A)。またこの寄生胞膜破壊がIFN-γ誘導性タンパク質であるIGTPと呼ばれる47kDのGTPaseやそのファミリー分子群(IRGと呼ばれている)の存在が重要であった。IFN-γはIRGの他に、65kDのGTPaseファミリー分子であるGBPを誘導する。IRGを同じくGBPは寄生胞にIFN-γ刺激依存的に動員されてくる。筆者らはGBPを欠損するマウスを作製し、生体・細胞レベルでの抗トキソプラズマ応答を検討した。生体レベルでは、トキソプラズマ感染によりGBP欠損マウスはIFN-γ欠損マウスと同様に高い感受性を示した。
 またGBP欠損マクロファージはIFN-γ刺激によるトキソプラズマ虫体数の減少が障害を受けており、「殺」作用の指標となる原虫のIFN-γ依存的な感染率の低下が認められなかった。次にIFN-γ刺激による寄生胞膜を検討したところ、GBP欠損マクロファージでは寄生胞膜破壊が起こらず、寄生胞膜は滑らかに保たれていた(図2B)。これらのことから、GBPはIFN-γ依存的な「殺」作用に重要な役割があることが判明した。p47 GTPaseであるIRGが「殺」作用に重要であるが、GBP欠損細胞におけるIRGのトキソプラズマへの動員は刺激後時間がたつにつれて減少していた。さらに、野生型マウス由来の細胞ではGBPはIRGと寄生胞上で共局在を示し、GBPはIRGと直接的に結合することから、IFN-γ誘導性GTPaseであるGBPはトキソプラズマ寄生胞膜上でIRGと直接相互作用し、その膜構造を破壊することで「殺」機能を発揮していることが示唆された。
Fig.3

図2 IFN-γ依存的な寄生胞膜破壊におけるGTPaseの役割
(A)野生型細胞では寄生胞膜が波打ち、構造が破壊されているが、(B)GBP欠損細胞では滑らかな膜面が保たれている。


 またGBPやIRGが寄生胞に動員されるメカニズムについて、筆者らは最近、細胞の自食作用に重要な役割を果たすオートファジーに関連するタンパク質群(Atg分子群)がIRGやGBPを寄生胞膜に動員するのに重要であることを明らかにした。オートファジー関連分子群であるAtg3、Atg7やAtg16L1を欠損する細胞においては、トキソプラズマ寄生胞膜へのIRGやGBPの動員率が有意に低下し、それに伴いIFN-γ依存的な原虫数の低下も障害を受けていた。一方、別のAtg9やAtg14を欠損細胞では寄生胞膜へのIRGやGBPの動員率は野生型細胞と同程度に認められた。オートファジーにおけるAtg3やAtg7/Atg16L1の役割はオートファゴソーム形成におけるAtg8ホモログであるLC3の修飾と二重膜への局在である。一方、Atg9やAtg14はAtg3やAtg7/Atg16L1システムとは全く独立して、二重膜形成に関与する必須オートファジー分子群である。これらのことから、全てではなく一部のオートファジー必須分子群がGBP/IRGなどのGTPaseのIFN-γ依存的な寄生胞への動員に関与することが明らかとなった(図2C)。
 以上、Atg3/7/16L1依存的にIFN-γ誘導性GTPase群GBPやIRGがトキソプラズマに対する感染防御機能を発揮するメカニズムを紹介した。今後は、IFN-γ刺激により活性化されるオートファジー関連分子の活性化機構の解明とIFN-γが誘導する約2000種類の誘導タンパク質群に含まれる機能未知の分子群の個別の機能解析を通じて、IFN-γ作動性細胞自律的抗トキソプラズマ免疫反応の全容が明らかにしていきたい。

最近の代表的な論文

  1. Ohshima J, Lee Y, Sasai M, Saitoh T, Ma JS, Kamiyama N, Matsuura Y, Pann-Ghill S, Hayashi M, Ebisu S, Takeda K, Akira S, Yamamoto M. Role of the mouse and human autophagy proteins in IFN-γ-induced cell-autonomous responses against Toxoplasma gondii. J Immunol. 2014, 192: 3328-3335.
  2. Yamamoto M, Okuyama M, Ma JS, Kimura T, Kamiyama N, Saiga H, Ohshima J, Sasai M, Kayama H, Okamoto T, Huang DS, Soldati-Favre D, Horie K, Takeda J, Takeda K. A cluster of interferon-γ-inducible p65 GTPases plays a critical role in host defense against Toxoplasma gondii. Immunity. 2012, 37:302-313.
  3. Yamamoto M, Ma JS, Mueller C, Kamiyama N, Saiga H, Kubo E, Kimura T, Okamoto T, Okuyama M, Kayama H, Nagamune K, Takashima S, Matsuura Y, Soldati-Favre D, Takeda K. ATF6β is a host cellular target of the Toxoplasma gondii virulence factor ROP18. J Exp Med. 2011, 208:1533-1546.
  4. Yamamoto M, Standley DM, Takashima S, Saiga H, Okuyama M, Kayama H, Kubo E, Ito H, Takaura M, Matsuda T, Soldati-Favre D, Takeda K. A single polymorphic amino acid on Toxoplasma gondii kinase ROP16 determines the direct and strain-specific activation of Stat3. J Exp Med. 2009, 206: 2747-2760.

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