当研究グループでは細菌毒素と宿主細胞の相互作用を研究対象としている。多くの細菌毒素は微量で宿主に致死など大きな影響を与えるという特徴を持つ。細菌毒素がこのような強力な作用を発揮できる理由の一つとして一般的に考えられているのは、多くの細菌毒素が微量でも宿主の機能分子に特異的に作用する酵素であるということである。もう一つ重要な細菌毒素の特質として、作用する基質に効率よくターゲティングする機構すなわち巧妙な輸送機構をもつ場合が多いことが挙げられる。その輸送機構は、もともと細胞が基本的・生理的にもっている膜輸送系やオルガネラの機能をうまく利用している場合が多い。従って細菌毒素の輸送経路の研究は、毒素による病態発現機構の解明という意義に加えて、従来知られていなかった宿主細胞の基本的で重要なしくみを明らかにできる可能性も秘めている。このような研究は外来病原因子の侵入に対する宿主の防御システムを理解し制御する上でも重要である。当研究グループは、腸管上皮細胞バリアを巧妙に通過してボツリヌス食中毒を引き起こすボツリヌス神経毒素複合体を研究対象として、本毒素の構造と機能の分子レベルの解析を中心に行っている。
ボツリヌス神経毒素複合体(B型16S毒素)の腸管上皮バリア通過機構のモデル図
管腔側のボツリヌス神経毒素複合体(B型16S毒素)は、HA成分により腸管上皮細胞膜上のガラクトース含有糖鎖に結合し、
transcytosisにより基底膜側へ移行する。その後、基底膜側から複合体中のHAはE-cadherinと結合し、細胞間バリアを破壊
する。本作用によりさらに多くの毒素複合体が細胞間隙から体内に侵入すると考えられる。