我々はエイズ等のウイルス感染症の病原性発現の分子機構の解明を目標としている。具体的には以下の研究を行っている。
1. 抗HIV因子の研究
HIVはチンパンジー以外にサルや小動物に感染が成立しないため動物モデルが存在せず、詳細な病理学的解析が行えない。サルにおいては、ウイルス感染の初期過程(逆転写)を阻害する因子TRIM5αが存在する。われわれは現在までにTRIM5αの抗ウイルス効果にはC末端側のいくつかのアミノ酸が重要であること、一方でウイルスはTRIM5αの標的であるカプシドの限られたアミノ酸を変異させてTRIM5αによる感染抑制から逃避しており、ウイルスと宿主因子TRIM5αが進化の過程で鬩ぎあっていることを示して来た。また、西アフリカのHIV-2感染者においては、ウイルスカプシドのわずか1アミノ酸の違いが血中ウイルス量と相関すること、ヒトTRIM5α遺伝子の多型が個体のHIV感染効率にも影響することから、TRIM5αがヒトの生体内でも実際にウイルス感染制御に寄与していることを明らかにした。
図1:HIVの生活環と内因性抗ウイルス因子
2. ゲノム疫学研究
抗HIV薬による副作用の出現には個体差が存在する。感染者の多いタイ国との共同研究で、副作用の少ない薬物投与(テーラーメード医療)の確立を目指している。これまでに薬疹とHLA-Cとの関係、脂質代謝異常とFas遺伝子との関係を明らかにし、現在は腎機能異常の副作用に関わる多型を探索している。
3. HIV-1ゲノムRNA二量体化に関する解析
HIV-1を含むレトロウイルスの一本鎖RNAゲノムはウイルス粒子内で非共有的に結合して二量体を形成している。ゲノム二量体化はゲノムパッケージング、逆転写、ゲノム組換えなどウイルス生活環の様々な段階で重要な役割を果たしており、HIVゲノム二量体化機序の解明は、HIV制圧の端緒となりうる。我々はHIV粒子の感染性獲得に必須な粒子成熟の過程をその各段階で停止させ、粒子内HIV-1ゲノム二量体化状態を解析した。その結果、粒子成熟進行の各段階毎にゲノム二量体化とその成熟が少しずつ進行して行って被逆転写能の獲得に至ることが明らかになった(図2A)。また、ゲノムRNA上の二量体化シグナル(DLS)の必要十分領域内部の塩基対形成について独自の解析系を駆使して詳細な解析を行い、蓄積したデータを元に計算機科学によりDLS領域のRNA立体構造のモデリングを行った結果、今までとは全く異なる、シュードノット様構造を含んだ新しい構造モデルを得た。このシュードノット様構造はDLS全体の構造を強く規定し、ステムのベクトルを拘束する役割を果たしているいわばDLSの要であり、これを標的とした新規抗ウイルス療法は大きな可能性を持っていると考えられた(図2B)。
図2:HIVゲノム二量体