平野編集長から「日本からオリジナルな仕事を世界に発信した経験に基づき,若い人に夢を与えるようなメッセージを」という依頼を受け筆を執りました.こんな課題をもらうと自らのサイエンスに対する考え方を披瀝して何か若い人たちの参考に,あるいは刺激になるような立派なことを書かなくてはと考えてしまいそうになりつつ,柄ではないと思い直して,「サイエンティストほど楽しい仕事はない」と常々思っている一端を気楽に書きます.気軽にお読みください.
●サイエンティストは楽しい
1)仕事にマンネリを生む繰り返しが少ない.自らの意欲次第でいくらでも次々と新しいことにチャレンジできる.世の中の多くの仕事が長期にわたって日々同じ事を辛抱強く繰り返すことであるのと何と違うことか.
2)国際的な活動であり,仕事を通じて世界の人々と交流し,訪ね,異文化を知り,日本の文化を伝えることができる.旅行が仕事の重要な一部である事はきわめて刺激的である.
3)実験がうまくいったときの達成感,発見したときの興奮,論文が通ったときの充実感,実験がうまくいかなかったときの腹立たしさ,ライバルに先に発見されたときの喪失感, 論文がリジェクトされたときの屈辱感等々,飽きることがない.これらをともに働く人々と共有できる.
こんな楽しいサイエンティストにどうしたらなれるか.若い人たちがもっとも知りたいところでしょう.ポイントはわかりやすさ.わかりやすく伝え得るクリアな内容の研究成果をまず出すこと.次にそれをわかりやすいメッセージとして学会発表し,論文として発表する.すなわち,わかりやすい発信,これができれば自分の存在と仕事が他の人々に認知され,サイエンティストの仲間入りとなる.研究成果さえ出ればサイエンティストになれるわけではなく,その成果をうまくメッセージとして伝えることができて,はじめてプロフェッショナルのサイエンティストになれる.
発表は,メッセージを他人に伝えるためのものであるから,発表するときに常にもっともわかりやすくするにはどうしたらいいかと考える.もっともシンプルな構成,論理性.学会発表なら,すべてのデータを知らせようなどとは決して考えない.捨てまくって,肝心なデータだけで筋をたて,とにかくクリアなメッセージを受け取ってもらう事に集中する.論文なら,実験結果をやった順に並べたりせず,ストーリーになるよう配列する.データをとにかくできるだけ多く載せようとするのは逆効果で,やたらなんでも詰め込むと焦点がぼやけてしまい,メッセージにならない.ジャーナルはデータの集積場ではなく,メッセージを託す媒体である.
それじゃどうすればクリアな研究成果が出るのか.誰でも知りたい.ここに書けるほど明確なアプローチは私も知りません.私は,免疫学の中で,何か複雑でややこしいものという程度に思われることが多かった補体の領域でトレーニングを受け,サイエンティストになりました.ややこしいものをわかりやすくして伝える努力をしていると,ひとつ糸口がつかめると後がスーッとつながってストーリー(あるいは手順)が見えてくるという経験をしました.この体験をまずすることがキーのように思われます.
次に,自分の研究領域を大事にし,その領域のエキスパーティースをもつことが重要です.実験研究の推進にプロの知識と技術が必要なのは当然で,これらなしに糸はほぐせないでしょう.ただし,これらは一定の時間と努力をつぎ込まなければ得られるものではありません.しかし,これはまた,自分のアイデンティティーを作り,他の人々にあの領域にあの人ありと認知してもらえるもっとも簡単な道でもあるのです.
繰り返しますと,発信するには,研究成果とわかりやすいメッセージの作成の両方が必要です.後者の重要性が忘れられがちだと思います.この部分のトレーニングが,多くのサイエンティスト予備軍にもっともっと必要な気がします.
最後に私たちの発表したものを2編紹介しますので興味のある方はご覧ください.
1)Takeda, J., T. Miyata, K. Kawagoe, Y. Iida, Y. Endo, T. Fujita, M. Takahashi, T. Kitani, and T. Kinoshita. 1993. Deficiency of the GPI anchor caused by a somatic mutation of the PIG-A gene in paroxysmal nocturnal hemoglobinuria. Cell, 73:703-711.
2)Kinoshita, T., N. Inoue and J. Takeda. 1996. Role of phosphatidylinositol-linked proteins in paroxysmal nocturnal hemoglobinuria pathogenesis. Annu. Rev. Med., 47:1-10.