GPIアンカー生合成経路の完全解明

GPI(Glycosylphosphatidylinositol)アンカーは,フォスファチジルイノシトールにグルコサミン,マンノース,エタノールアミンリン酸が結合した糖脂質の一種である.多くのタンパク質が,GPIアンカーを介して細胞膜に結合しており,これらGPIアンカー型タンパク質には生体防御や細胞間の情報伝達に重要な役割を果たしているものが含まれる.またウィルスや毒素の受容体として機能しているものも知られている.GPIアンカーは広く真核生物に保存されており,その生合成は高等動物の発生に必須であるばかりでなく,真菌や原虫の増殖にも必須である.

当研究分野では,GPIアンカーの生合成に関わる全遺伝子の同定をめざして種々の解析を進めている.GPIアンカーは,小胞体において約10段階の酵素反応を経て合成される.1992年に,GPIアンカー生合成の最初のステップに必須のPIG-A遺伝子を同定したのを端緒とし,現在までに高等動物における生合成経路に関わる20以上の遺伝子−PIG遺伝子群−を世界に先がけて報告してきた.

フォスファチジルイノシトールにN-アセチルグルコサミンを転移する第1ステップの反応は,7種の異なるサブユニット,PIG-A,PIG-C,PIG-H,PIG-P,GPI1,DPM2,PIG-Yからなる複雑な酵素複合体により触媒される.これらのうち,PIG-Aが触媒サブユニットであると考えられている.第2ステップは,PIG-LによるN-アセチルグルコサミンの脱アセチル化であるが,第1と第2の反応は小胞体の細胞質側で起こることがわかっている.

その後,GPI中間体は小胞体の内腔にフリップされ,PIG-Wによりイノシトール部分がアシル化を受ける.次に,3つの結合の異なるマンノースの転移と,エタノールアミンリン酸の付加が順次起こる.3つのマンノース転移酵素は,それぞれPIG-M,PIG-V,PIG-Bと同定され,第1マンノースの転移付加を触媒するPIG-Mの反応にはPIG-Xが必須である.これらマンノースの供与体であるドリコールリン酸マンノースは,DPM1,DPM2,DPM3からなる酵素複合体により小胞体の細胞質側で合成され,その内腔への輸送にはSL15が関わっている.第1マンノースへのエタノールアミンリン酸の転移はPIG-N,第3マンノースと第2マンノースへのエタノールアミンリン酸の転移は,それぞれPIG-OとGPI7により触媒される.PIG-OとGPI7には共通のサブユニットPIG-Fが,それぞれ独立に結合している.

PIG-O/PIG-Fにより付加されたエタノールアミンリン酸のアミド基が,タンパク質のC末端に転移され,GPIアンカー型タンパク質が完成する.このアミド基転移反応は触媒サブユニットであるGPI8のほか,GAA1,PIG-S,PIG-T,PIG-Uからなる複雑な酵素複合体により触媒される.完成したGPIアンカー型タンパク質は,小胞体からゴルジ体を経由して細胞表面へ運ばれる.

現在,さらなる新規遺伝子の同定,反応経路の再構成,生合成調節機構の解明などに取り組んでいる.
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