細胞の『物流加工センター』の
機能に必要な機構の解明
〜細胞内の物流加工はpHで調節される〜

Link to the original article

<研究の背景と経緯>

  細胞は生命の営みのために絶えず新しいタンパク質・脂質などを合成し、また再利用しています。細胞表面や細胞外に発現されるタンパク質は、合成の場である小胞体から目的地に至る過程で、ゴルジ装置と呼ばれる細胞内小器官を経由し、そこでタンパク質が正しく機能できるように様々な糖鎖修飾やプロセッシング(切断)を受け、正しい目的地に至る経路に仕分けされます。これが、我々がゴルジ装置を物流加工センターと呼ぶ所以です。物流の流れに沿って小胞体、ゴルジ装置などは固有のpHを持つことがこれまでの研究で示されてきました。(図1)
  それ故、ゴルジ装置の機能に関与する多くのタンパク質が正常に機能する場としてそのpH調節の重要性が示唆されていましたが、その本当の必要性ならびにどのようにそのpHが調節されているかということは詳しく分かっていませんでした。
  この物流加工センターがうまく機能しないとタンパク質の機能が損なわれ輸送が滞り、糖鎖修飾不全症といった疾患がおこりますので、物流加工センターの機能とそのpHの関係を明らかにし、pH調節機構を解明することは重要な仕事であると考えられました。
図1
<本研究の内容>

  本研究は、物流(タンパク質の流れ)に注目し、この異常を示す変異細胞を新たに樹立することにより、この問題の解明にアプローチしました。変異細胞の解析によって、
1.一つのタンパク質の機能不全によりゴルジ装置のpHが上昇し、その結果、物流の停滞、様々な糖鎖修飾の異常ならびにゴルジ装置の形態異常が実際におこることを確認しました。
2.ゴルジ装置のpH上昇の原因となっていた新規タンパク質を同定し、GPHRと命名しました。GPHRはゴルジ装置に局在する膜型タンパク質であることから、GPHRが直接pHの調節に関与していることが示唆されました。
3.GPHRの機能解析によってこれがイオン(主に塩素イオン)チャンネルであることを証明しました。
  これらの知見とこれまでに電気生理的な手法を用いて得られた知見を併せることにより、GPHRは塩素イオン(マイナスイオン)を通過させることによってゴルジ装置内腔に集積したプロトン(プラスイオン)の電荷を打ち消し、プロトンポンプがより効率的に働けるようにすることによってそのpHを最適な値で調節維持しているということを明らかにしました。(図2)

図2
<今後の展開>

  ゴルジ装置による物流加工は細胞のもっとも基本的な営みの一つです。この物流加工センターがうまく機能しないとタンパク質の機能が損なわれ輸送が滞り、糖鎖修飾不全症といった疾患がおこります。糖鎖修飾不全症は様々な原因で発症し、まだ原因が同定されていない疾患も多数存在することから、それらの同定、治療・発症予防に役立つことが期待されます。最近ではpHの上昇が物流の停滞ーセラミドの蓄積を引き起こし疾患がおこるという報告もなされました。今後、pHによる物流加工のより詳細な調節機構を解明していきたいと考えています。