マラリアはエイズ、結核とならび世界の3大感染症の一つとなっている。当研究グループはマラリアの病原体であるマラリア原虫(Plasmodium属)の進化と遺伝的多様性を中心的研究テーマとし、マラリア原虫の寄生適応・進化機構の解明を目指している。主に以下の点について研究を進めている。
(1)熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum) の歴史と人類との関わり
ヒトのマラリア原虫は例外を除き、ヒトにのみ寄生する。従って、ヒトマラリア原虫の進化は人類のそれと密接に関わるが、人類との進化的関わりはまだほとんど不明である。この点を解明すべく、世界各地の原虫集団の遺伝的多様性を調べている。現在までの解析の結果、遺伝的多様性はアフリカを起点としたアジア、オセアニアに至る地理的距離と明瞭な相関を示し、現生人類集団の移動経路を反映するものであった。各地域の原虫集団の起源年代と合わせると、P. falciparumはアフリカからヒト集団とともに世界に広まったことが推定される。
図1 : 熱帯熱マラリア原虫 (P. falciparum) の遺伝的多様性とアフリカからの地理的距離との相関。P. falciparumはアフリカからヒト集団とともに世界に広まったことが推定される。
(2)マラリア原虫抗原多型の進化
マラリア感染の特徴に何度でも感染し、容易に感染防御免疫が成立しない。この重要な現象にはマラリア原虫の抗原多型を介した株特異的免疫が関わる。世界各地のマラリア原虫集団における抗原多型の集団間比較、またヒトマラリア原虫と各種サルマラリア原虫における多型との種間比較を行ない、免疫標的抗原における加速進化、抗原多型の進化的起源、また、多型創出と維持の進化遺伝的機構を解析している。
(3)マラリア原虫と宿主の共進化
マラリア原虫の宿主域は広い(哺乳類、鳥類、爬虫類)が、各原虫種は特定の動物だけに感染する。この二つの事実はマラリア原虫と宿主との密接な関係を示唆する。この関係の把握を目的にマラリア原虫と宿主の進化の比較を行っている。その過程で、現生マラリア原虫の起源において急速な多様化が起き、その多様化は宿主転換によって生じたことを見いだしている。
図2 : マラリア原虫ビッグバン進化。
現生マラリア原虫系統の起源において多様化が急速に起こった。その時期(ベージュ色)は宿主系統の出現よりも後であり、宿主転換により原虫系統が多様化したと考えられる。
(4) サルマラリア原虫 (Plasmodium cynomolgi) のゲノム解読と比較ゲノム解析
三日熱マラリア原虫 (P. vivax) はサルマラリア原虫の宿主転換によってヒト寄生性となった。P. vivaxのゲノムに特有な変化を解明するため、近縁サルマラリア原虫のP. cynomolgi のゲノム解読(約27 Mb)を進めている。現在、gap closureの段階に入り、間もなくドラフトゲノムが完成する。比較ゲノム解析から、P. vivaxに特有な遺伝子の欠失・獲得を見出している。
図3 : 次世代シーケンシングシステムによるサルマラリア原虫(P. cynomolgi) のゲノム解読。(獨協医大、川合覚博士との共同研究)