当研究室は、ポストゲノム時代において注目されている糖鎖が疾患にいかに関与しているのかを探る基礎研究をもとに、医薬品・診断薬の開発へとつながる発展的な研究をおこなっています。谷口は 大阪大学21世紀COE“疾患関連糖鎖・タンパク質の統合的機能解析" の拠点リーダーとして研究チームを総括するとともに、国際ヒトプロテオーム機構(HUPO)の構成機関である HGPI (Human Disease Glycomics/Proteome Initiative) のChairとして世界中の21機関による共同研究を統括しています。また、理研フロンティア・システム糖鎖生物学研究グループのグループディレクターも兼務しています。
これまでアスパラギン結合型糖鎖の構造を決定する重要な糖転移酵素を数多く見いだしてきました。GnT-III, GnT-V, Fut8などはその代表的なものです。これらの糖転移酵素の発現を制御することにより糖鎖の高次構造を変化させ、細胞の機能変化を導く“糖鎖リモデリング”の考え方とその技術を開発してきました。
私たちは糖転移酵素の標的となるタンパク質を同定し、そのタンパク質の機能が糖鎖修飾によりどのように変化するのかを知ることから、糖転移酵素の機能と疾患の関わりを見いだしていこうとしています。現在、Fut8 (α1,6 fucosyltransferase)が細胞膜表面タンパク質に対して与える影響の評価を通して、細胞内シグナル伝達が糖鎖修飾によりどのような制御を受けているのかについて検討を続けています。また、糖鎖修飾をタンパク質の翻訳後修飾の重要な一例としてとらえ、他の翻訳後修飾とのクロストークについても検討しています。
糖鎖変化と疾患の関連
糖転移酵素の役割は多岐にわたりますが、Fut8によるN-結合型糖鎖に対するコアフコースの付加は特に重要な生理学的意義を持っていることが明らかとなりました。Fut8遺伝子ノックアウトマウスは出生早期の死亡と著しい成長障害(図1)を示すとともに肺気腫様の肺胞破壊(図2)が認められました。TGF-β受容体IIに対するコアフコースの付加がなされないことに起因したTGF-βリガンドとの結合能の低下によりSmadのリン酸化レベルの低下、MMPs (matrix metalloproteinases) の発現亢進がおこっていると考えられました。TGF-βの過剰投与により肺胞の破壊は抑制され(図2)、肺気腫と特定の糖転移酵素(Fut8)異常との関連性が示唆されました。
図1 : 著しい成長障害を示すFut8遺伝子欠損マウス。出生後3日以内に70%以上のFut8完全欠損マウスは死亡し、生存例も著しい成長障害を示す。 |
図2 : Fut8遺伝子欠損マウスは肺気腫様病変を示す。肺胞破壊が認められ、肺胞径の著明な拡大が認められた。TGF-β受容体に対するコアフコース付加がなされないためTGF-β受容体を介したシグナルが減弱され、MMPの活性化が起こるものであると考えられた。Fut8欠損マウスに対してTGF-βを継続的に反復投与したところ、肺病変の減弱が認められた。 |