当研究分野では、細胞間に存在する細胞増殖因子や細胞接着因子を介した細胞の機能制御機構について研究を行っている。研究の主役となる分子は、HB-EGFというEGFファミリーの膜結合型細胞増殖因子とテトラスパニンと呼ばれる膜4回貫通型タンパク質である。これらのタンパク質は、細胞外マトリックス分子やその他膜タンパク質、あるいは細胞内シグナル分子と複合体を形成して、細胞増殖の調節、形態形成や組織の維持・修復に働いていると同時に、がん細胞の増殖・浸潤・転移にも深く関わっている。
1)HB-EGFの役割と作用機構の解析
HB-EGFはEGFファミリーの増殖因子で、EGFRやErbB4に結合し、これらを活性化する。HB-EGFは膜貫通ドメインを含んだ膜結合型細胞増殖因子として合成され、膜結合型が細胞表面でプロテアーゼによって切断されると、分泌型HB-EGFを生じる。HB-EGFは、種々の組織、細胞より分泌され、心臓機能維持や心臓弁形成、目蓋形成、創傷治癒、肺胞形成、受精卵の着床、表皮肥厚などの過程において、細胞の生存、増殖抑制、移動、接着、増殖促進など多彩な機能を発揮している。生体内のほとんどの過程では分泌型HB-EGFが機能している。しかし膜結合型は分泌型の前駆体であるばかりでなく、膜結合型の状態でも生物活性を持っていることから、膜結合型の働く生理過程も存在する可能性がある。膜型から分泌型への転換はどのように制御されているのか、膜型と分泌型の生理的役割、どのような機構で多彩な生理活性を示すのか、さらには病気との関わり等の問題に関して研究を進めている。
図1 心臓弁形成におけるHB-EGFの役割 |
2)がんの悪性化におけるHB-EGFの役割
HB-EGFは癌細胞や癌周囲の間質で強く発現し、がんの悪性化に深く関わっている。がん細胞の増殖、浸潤、転移におけるHB-EGFの果たす役割を詳しく解析し、新たな癌治療法の開発を目指している。
図2 子宮頸癌における癌細胞と間質線維芽細胞の相互作用 |
図3 生体イメージングによる癌細胞の増殖に対する線維芽細胞の効果解析。(a)癌細胞と線維芽細胞を同時移植した場合、(b)癌細胞を単独で移植した場合 (Murata et al, 2011)。 |
3)HB-EGFを分子標的とする抗癌剤の開発を推進し、HB-EGF中和抗体やジフテリア毒素変異体CRM197を有効成分とする卵巣がん治療薬の非臨床試験・臨床試験を実施している。
図4 卵巣癌で高発現するHB-EGF(左)と開発中の卵巣癌治療薬BK-UM(右)
4)テトラスパニン分子の解析
テトラスパニンは、特徴的な膜4回貫通構造を持ち、多細胞生物にだけ存在する一群の膜タンパク質ファミリーで、ヒトでは30種類以上、ショウジョウバエや線虫でも20種類以上存在する。線虫を用いてテトラスパニンの分子機能を遺伝学的に解析している。