当研究グループでは、ヒトに病気を起こす細菌ついてゲノム的アプローチにより研究を行っている。
図1. 病原細菌のゲノム解析. 腸炎ビブリオの全ゲノム配列を決定した。 腸炎ビブリオをはじめとするビブリオ属細菌のゲノムは2個の環状染色体よりなることを明らかにした。
1.病原細菌の感染・発病メカニズムの研究
病原細菌、特に私たちが全ゲノム配列を決定した腸炎ビブリオの感染・発病メカニズムの全貌を分子レベルで解明する。その際、病原体のある特定の病原因子(たとえば毒素)の解析だけにとどまらず、マイクロアレイ解析やインフォマティクスを駆使し、ゲノム中の全遺伝子の動きを俯瞰することにより、病原体が宿主と相互作用する際の病原体の遺伝子発現のダイナミズムを明らかにしていく。このようなアプローチにより、個々の遺伝子・蛋白だけにこだわるのではない、全ゲノム情報を活用した新しい病原細菌学・生物学を目指す。また、得られる成果に基づいた新規な治療法や予防法、迅速診断法や簡易検査法の開発も常に視野に入れていく。
2.エマージング感染症の出現メカニズムの研究
現在、感染症に関して世界的に注目されている問題のひとつはエマージング感染症の出現である。新たな感染症が出現してくる原因には社会的・経済的な要因とともに、病原体そのものの変化が考えられる。エマージング感染症の出現メカニズムについて分子レベルで解明された例は病原細菌においてはまだほとんどなく、これを明らかにしていくことは今後の新規なエマージング感染症の出現に備えるために重要である。私たちはエマージング感染症の出現メカニズム解析の端緒として、近年世界的レベルで流行をみせている腸炎ビブリオの新型流行株が従来の菌株とどのように違うのかをゲノム情報をもとに解析を行っている。
図2.DNAマイクロアレイによる病原細菌の遺伝子レパートリの解析。
3.生き物としての病原細菌
病原細菌の研究においては、細菌が病気を起こすという側面が特に注目される。しかしながらひとつの生き物として見た場合、宿主との相互作用についての知見やゲノムについての情報が高度に蓄積されている分、病原細菌は魅力的な研究材料であるといえる。たとえば、腸炎ビブリオはIII型分泌装置をもつ。III型分泌装置は細菌が真核細胞と密接に相互作用をするための細菌側の装置である。人体は腸炎ビブリオの本来の棲息環境ではないから、腸炎ビブリオは本来の棲息環境(海洋)でIII型分泌装置を使ってなんらかの真核生物と密接な相互作用をしていることが予想される。このように、これまでおもに病原性研究の観点から蓄積されてきた知見を糸口に、病原細菌の自然環境における生活環を明らかにしていきたい。
4.ゲノム情報に基づく細菌感染症の迅速診断法の開発
細菌感染症の迅速診断法の開発を目指した大規模塩基配列解析による病原細菌の迅速同定システムの構築を行っている。